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「普通の人間はな、今日が最期の日だと考えながら目覚めはしない」 砂の地で、男は語る。その身を自然と一体化させながら。 「だが、それは悪いことじゃない。強がりじゃなくてな――我が身の死期を感じ取った時、人はあらゆる制約から解放される」 マガジンに、銃弾を込める。何度となく繰り返してきた動作だ。手馴れた様子は、語りとは裏腹にこの男に死期が迫っていることなど微塵も感じさせない。 状況を整理しよう、と男は言った。 こっちに機関銃が一丁あるとしたら、あちらには千丁ある。マカロフがくれた――あの狂人と手を組むのは不本意だが、"敵の敵は味方"だ――情報が正しいかも分からない。 「装備も増援もない。自殺まがいな危険な賭けだ」 唯一救いがあるとすれば、賭けに出る直前、彼らは唯一信頼出来る仲間と交信できたということだ。もしもローチが生きているなら、彼らが失敗したとしても志を引き継いでくれる。 それに、何より―― 「数千年に及ぶ争いの血が染み込んだこの砂が、この岩が、俺たちの戦いを記憶してくれる」 ガシャ、と機械音を鳴らしてマガジンを銃に差し込む。弾丸装填、銃に命の息吹を吹き込む。 「何故なら、この選択は俺たちが無数にある"最悪"の中から、俺たち自身のために選び取ったものだからだ」 男は銃を手元に置き、他に唯一と言える武器を引き抜いた。鋭い刃、ナイフだ。 「俺たちは大地から出る息吹のように、前に進む。胸に活力を抱き、目の前の標的を見据えて――」 男の脳裏に浮かぶ、ターゲット。Task Force141の創設者にして司令官、シェパード将軍。 「俺たちが、必ず、奴を殺す」 Call of lyrical Modern Warfare 2 第19話 Just Like Old Times / 片道飛行 SIDE Task Force141 七日目 1732 アフガニスタン "ホテル・ブラボー" ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉 自分たちを運んできたヘリのローター音が、碧空の向こうへと遠ざかっていく。ここから先は、いよいよプライスと自分のたった二人で臨むことになる。狙いは敵の大将、シェパードの首ただ一つ。 ≪それじゃあ、三時間後に迎えに来る≫ 「必要ない。ニコライ、こいつは最初から片道飛行だったんだ」 通信機の向こうで、ヘリのパイロットが返答に窮している。プライスもこの作戦がほとんど博打に等しいのは理解しており、だからこそ自分たちの行く道を『片道飛行』と揶揄したのだ。無論、そんな返答をされたヘリのパイロット、ニコライにしてみればたまったものではない。プライスもソープも、ニコライにとって間違いなく戦友と呼べる間柄だった。 ≪……幸運を、戦友≫ ヘリが見えなくなった。ローター音もはるか遠くに消えていったところで二人は行動を開始する。身体を覆っていた偽装のためのシートを引き剥がし、地面との一体化に終止符を打った。途端、アフガニスタンの砂の大地に姿を現すのは、完全武装した兵士が二人。プライスはトレードマークのブッシュハットを当然のように被っていた。 ソープはM200インターベーションを構え――重量一四キロ、ずしりと重い対物狙撃銃だ――同じように銃を構えて前進するプライスの後を追う。彼の銃はアサルトライフルのACRだった。 斜面の手前で、前を行く老兵が左手を上げて止まる。プライスに倣ってソープも止まれば、斜面の下を横切る道路に黒尽くめの兵士たちが屯しているのが見えた。数は五人、それから犬が二匹。 犬、犬か――憂鬱な気分になりそうだったが、黒尽くめの兵士たちは間違いなく自分たちを襲ってくるばかりか、超国家主義者たちとも交戦したシェパードの私兵部隊だ。民間傭兵会社『シャドー・カンパニー』の者たちだろう。奴らがここにいるということは、シェパードはやはりこの付近にいるということだ。 「いいぞ、二手に分かれた」 隣で敵兵たちの様子を伺っていたプライスが、静かに短く歓喜の声を上げる。兵士が二人と犬が一匹、哨戒に向かうようだ。残り三人と犬一匹は、依然として同じ場所に留まっている。 金額分の働きをしてくれよ、と唐突に隣の老兵が通信機に何かの小さな機械を取り付けた。回線をオープンにしろ、と指示が下り、言われるがままソープも通信機に手を伸ばす。 ≪アルファ、報告を≫ ≪川辺は異常無し≫ ≪ブラボー≫ ≪あー…砂嵐で何も見えん≫ ≪ズールー≫ ≪北口より哨戒を開始する≫ これは敵の無線だ。飛び交う電波を掴むことは出来ても、デジタル暗号化された交信内容まで聞き取れることはないはずなのだが。どうやらプライスが通信機のアンテナに取り付けた妙な機械は、暗号を解読して聞き取れるようにしてしまうデコーダーだったらしい。 「マカロフの情報に間違いはないようだな」 「らしいな。ということは、ここがホテル・ブラボーか」 以前にも来たことが? とソープは眼で上官に問うが、彼は答えなかった。返答の代わりに、SCARを斜面下の道路に残った敵兵たちに突きつける。 「俺は左の二人をやる。残りを頼む」 「了解」 インターベーションの狙撃スコープを覗き込む。一四キロという重量は取り回しには不便に違いないが、狙撃という状況でならかえって有利だ。発砲の反動で銃口がブレる可能性が大きく減る。 三、二、一とプライスが発砲の合図をカウント。ゼロのタイミングで引き金を引けば、サイレンサーによって銃声を消去された静かな殺意が銃口から飛び出す。放たれた銃弾は並んでいた敵兵の頭骨をぶち抜き、さらに奥に並んでいた者の胸を貫通した。 あとは犬だ――銃口をずらし、軍用犬の位置を探る。高度に訓練されているだろうから、目の前で主人が撃たれたとなれば吼えて異常を知らせるだろう。そうなる前に撃たねば。狙撃スコープに獣の姿を捉え、しかしプライスの撃った弾が先に犬の頭を撃ち抜いた。 道路上の敵は全滅。あとは哨戒に出た奴らだけだ。二人は斜面を滑り降り、敵兵たちが乗ってきたであろうハンヴィーを背にして再び銃を構える。正面に敵影、さきほど二手に分かれて哨戒に向かった奴らだ。同じように狙い、射殺。 「昔を思い出すな」 「チェルノブイリのか? 今度はあんたがマクミランだぜ、ジイさん」 ふん、と軽口にプライスは短く鼻を鳴らすだけだった。敵の死体を無視して前進、道路を進んだところで「ここがいい」と赤く錆びたガードレールの前で立ち止まる。 「フックをかけろ」 上官の指示を聞くまでも無く、ソープは先端にフックの付いたロープを持ち出した。錆びてはいても構造はしっかりしているガードレールにロープを巻き、フックで固定する。 ≪チーム4、状況を報告せよ――チーム4、応答せよ……北にいるチーム4から応答がありません≫ あぁ、こいつらチーム4という部隊だったのか――ガードレールを乗り越える前に、ちらっと死体に眼をやる。敵の通信がこう言っているということは、そう遠くないうちに死体も発見されるだろう。ぐずぐずしてはいられない。ソープとプライスはロープ一歩でガードレール下へと飛び降りる。 崖の途中までは勢いよく降下して、真下に二人の敵兵が立っているのが見えてからはゆっくり、慎重に降下速度を落とす。崖の面をゆっくりと歩きながら、二人はナイフを引き抜いた。 ゆっくりと、慎重に。暗殺者の如く。ソープが目標に選んだ敵兵が、ふと隣の兵士の影に視線をやり、何かおかしいことに気付く。次いで自分の影を見て、上に何かいることに気付いて視線を上げて――わずかに、遅かった。崖から降りてきた暗殺者が彼らに襲いかかり、悲鳴も聞き取られぬよう口を塞いで刃を心臓に突き立てる。ジタバタともがくのも一瞬のことで、たちまち敵兵たちはその場に崩れ落ちた。 敵兵の死体を隠す間も惜しく、プライスとソープは即座に崖下にあった洞窟へと潜り込んだ。洞窟そのものは天然自然のようだが、内部にちらほらする光は人工に違いない。短機関銃のヴェクターを構えて進めば、資材やライトが置かれていた。この先に、奴がいる。 SIDE Task Force141 七日目 時刻 1611 地球 アフガニスタン上空高度一〇万メートル 次元航行艦『アースラ』 ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 思った通り、病室の外に見張りはいなかった。まだ身体の節々は痛み、疲労感も抜けきらないローチは誰もいないことを確認して、『アースラ』の廊下に出た。 あの女医――シャマルという若い女は、救出されたばかりの彼に対してしばらく安静にしてゆっくり休むことを強く命じた。まるでローチのその後の行動を予測していたかのように。それは結果的に正しかったのだが、彼が素直に従うことを期待したのは間違いだった。見張りの一人も立てないのだから、ローチは楽々と病室から廊下に出て、目的地へ向かう。 プライスとソープは、自分を救出するようこの『アースラ』の連中に頼んだ。ジャクソンという元米海兵隊員を始めとした機動六課準備室なる部隊はその要望に応え、シェパードの私兵部隊の包囲網から彼を救出した。ローチはすぐさま上官たちの下へ向かおうとしたが、まずは体力の回復に専念しろという医療班からの指示で病室に入れられてしまった。彼が黙って従うはずもないというのに。 おそらく、プライスとソープの二人はシェパードを討つために行動を開始しているはずだ。人の気配に注意しながら、入院着で進む兵士は推測される状況を脳裏で整理する。戦力は多い方がいい。自分も彼らの元へ向かって、シェパード討伐に加わるべきだ。そして、ゴーストやティーダの仇を。 『アースラ』に連れ込まれてから病室にまで移動するまで、彼はしっかりと自分の動いたルートを把握していた。武器弾薬を預けた武器庫の位置さえ覚えていた。本来は武器庫ではないらしく空の倉庫だったようだが、とにかくそこに行けば自分の使っていた銃がある。入室に必要な暗証番号も盗み見ていた。 武器庫に入ったら装備を取って、気の毒だが適当にクルーの一人に銃口を突きつけて人質になってもらう。そして自分をプライスとソープたちの下へ届けるよう頼むつもりだった。人質は早い段階で解放するが、どのタイミングで解放すべきか――思案していると、武器庫にたどり着いた。暗証番号を入力するテンキーもあるから間違いない。早速番号を打ち込んで、プー、と拒絶するように警告音が鳴った。 何だと、番号に間違いはないはず――ハッと振り返る。人の気配を感じたからだ。 「たったあれだけの移動で艦内の通路を把握するか。さすがに精鋭、Task Force141というだけあるな」 「あんたは……」 苦笑いしながら腕組して立っていたのは、救出された際に初めて会った機動六課準備室なる部隊の男だった。名前をポール・ジャクソンという。元米海兵隊曹長という肩書きだったが、こちらの行動は予測されていたらしい。 ジャクソンの隣で、困ったようにため息をつく女性がいた。白衣に身を包んだその女はシャマルという。『アースラ』に収容されるなり、ローチの怪我の具合を見てくれたこの艦の医者だ。医者といってもローチの知る医療技術とは違うものを持っているらしく、森に潜伏している間に出来た小さな切り傷を淡い緑の光を放つ手で覆った時は何事かと思った。傷はそれだけで塞がっていた。 「なぁ、言った通りだろシャマル? 士気の高い兵隊は無茶をする。俺のようにな」 「まったく……分からないわ。どうして男の人ってみんなこうなの?」 見張りはいないと思っていたが、ツケられていたらしい。そうでなければこうもタイミングよくジャクソンが現れるはずがない。そして、こうして武器庫を訪れたローチの前に現れたということは、彼の目的すらも見破られている。 「止めるな、行かせてくれ」 ほらな、とジャクソンが眼でシャマルに訴える。再びため息を吐いたシャマルは、力なく刻々と頷いた。 「よし、医者の許可も下りた。行くぞ、ローチ。どうせお互い一度死ぬはずだった身だ」 「は……何? 行くぞって……」 「俺も行くんだ」 戸惑う兵士を無視して、ジャクソンはテンキーに改めて暗証番号を打ち込む。今度は歓迎するようなピ、と短い電子音が鳴って、武器庫の扉が開かれた。 「大抵の武器は揃ってる。M4A1にSCAR、ACRにM240軽機関銃。M14EBR、あとはM24もあるな。ん? SIG550まであったのか……」 「ま、待ってくれ。ジャクソン、あんた、プライス大尉たちとは……」 「戦友だ。数年前、ザカエフの撃った弾道ミサイルの着弾を食い止めた仲だ」 ガチャ、と手近にあったM4A1を手に取るジャクソンは、時間がないぞと彼を急かすようにしてACRを取り出した。 「戦友たちが死地に飛び込もうとしてる。黙って見てられるほど薄情でもないんだ」 「――分かった。ただしシェパードを撃つ役目は譲ってくれ、仲間の仇だ」 「順番に並ぶんだな」 ACRを受け取ったローチは、早速弾薬箱を持ち出してマガジンに弾薬を込めようとする。ジャクソンはすでに準備を始めていた。戦いの準備。兵士たちは、これから戦場に向かうつもりなのだ。 否、戦場に向かおうというのは兵士だけではなかった。 「ずるいぞ、二人だけで抜け駆けしようなんて」 「あ、提督…」 すまない、と一言断ってシャマルに脇にどいてもらい、武器庫に入ってくる影。ローチは誰だこいつは、という眼で見たが、ジャクソンは待ちわびていたように声を上げた。 「お前も来るか、クロノ」 「ソープは戦友だ。プライス大尉も」 SIDE Task Force141 七日目 1744 アフガニスタン "ホテル・ブラボー" ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉 洞窟内はわずかな照明しか設置されていなかったが、かえって好都合だった。闇の世界に紛れ込んだ彼らは歩哨を静かに排除し、あとは扉一つ超えれば眩い太陽の光の下に出られるというところまで進んでいた。 このまま見つからずに行くといいが――歩みを止めず、ソープは胸中をよぎった不安に思考を傾けた。敵の傍受した無線によれば、確実に奴らも何かがおかしいことに気付き始めている。通信に応じるべき者が答えないのだから当然だろう。死体は隠しもしていないから、見つかるのは時間の問題だ。 カチャ、と行く先を照らしていた照明が突如として消えた。不安を心の片隅に追いやって、サブマシンガンのヴェクターを構える。故障や寿命で消えたにしては、照明の消え方が妙だった。誰かが意図的に電気を消したとしか思えない。 ≪チーム6、照明を落とせ。突入しろ≫ 案の定だ。通信機が傍受した敵の無線が、間もなく奴らがここになだれ込んでくることを示していた。前を行くプライスに眼をやれば、「始まるぞ」と一言呟いただけで迎撃態勢を取っていた。 ソープは洞窟内の突き出た岩に身を寄せ、行く手にあった扉の方に眼をやる。銃口を突きつけた途端、勢いよく扉が爆破された。直後、なだれ込んでくる黒い影。シェパードの私兵、PMC"シャドー・カンパニー"の傭兵たちだ。 照準用の赤いレーザー光線が洞窟内を切り裂き、ソープの足元を横切っていった。まだこちらの存在に気付いていない? 否、敵がいるということだけは分かっているはずだ。位置を掴んでいないのだろう。 ヴェクターの上部レールにマウントされたダットサイトを覗き込み、敵影を捉える。先制攻撃、引き金を引いた。サイレンサーによって音を消された静かな殺意が、私兵たちに襲い掛かる。たちまち、数名が短い悲鳴を上げてバタバタと倒れていった。奇襲成功だ。 「派手に行くぞ、撃て!」 ソープの銃撃で怯んだ敵兵たちに向かって、プライスが間髪入れずに突っ込む。反撃の弾丸をものともせず、老兵は前進しながらSCARを撃ちまくった。後退もままならず、私兵部隊は圧倒されていく。 ≪チーム9、後方の部隊が全滅した!≫ ≪馬鹿な。そこはさっき調査したぞ。敵がいるはずが――≫ 慌てているようだな。無線の様子から察するに、敵の主力は行き過ぎた後だ。ならば引き返してくる前に、素早くここを突破せねば。 扉を抜けようとした二人はその時、聞き覚えのある声を耳にした。 ≪プライスだ≫ 前を行く老兵が、ほんの一瞬身を強張らせる。忘れもしない、この声はシェパードだ。仲間たちの仇。奴は間違いなくここにいる。シェパードもプライスたちが現れるのを想定していたに違いない。 ≪重要書類を回収しろ、残りは破棄だ。各部隊は敵を足止めしろ≫ 「プライス、奴は逃げる気だな」 「そうらしい。追うぞ」 爆破されて有名無実化した扉を抜けて、眩い太陽の下へ。切り立った険しい崖の間に出来た道を進むが、正面から降り注いだ弾丸の雨が行く手を阻む。橋で繋がった向こう側、敵の機関銃陣地だ。 ちょうどいい、とソープはまるで用意されていたかのようにその場に立てかけられていたライオットシールドを手に取る。銃弾に対して絶対無敵とはいくまいが、生身のまま突き進むよりははるかにマシだ。今度は上官の前に立って進む。 ガン、ガンとシールドに降り注ぐ銃弾はソープに止まれと警告するように衝撃を発生させる。無論、彼は止まらない。シールドのひび割れを無視して、なおも距離を詰めた。敵も焦り始め、銃撃がソープの方に集中を始める。バキ、と心臓に悪い音がして、いよいよライオットシールドが銃撃に耐えられなくなったことを示す。 機関銃陣地の敵兵が、いきなり見えない誰かに殴られたようにして吹き飛び、倒れた。慌てた周囲の仲間が退避か攻撃続行か一瞬迷ったところでもう一発。機関銃陣地は沈黙した。半壊したライオットシールドを投げ捨てたところに、SCARを構えたプライスが駆け寄ってくる。 ≪ブッチャー1-5、"鳥の巣"で合流し、"ゴールデンイーグル"を護衛しろ≫ 「ゴールデンイーグル、そいつがシェパードだ。行くぞ」 疲れ知らずかよ、このジジイ。一瞬肩をすくめて、自分よりはるかに年上の老兵の背中を追ってソープは前へと進んだ。 敵の迎撃は熾烈を極めたが、目標を目の前にしたプライスとソープの前進はそれでも止まらなかった。次々と私兵たちを撃ち倒しながら進み、再び洞窟内に入る。あまりの損害の多さに敵はいよいよ迎撃を諦めたのか、扉を閉めてしまった。無線によれば、その先が"鳥の巣"と呼ばれる拠点らしいのだが。 ≪ブッチャー5指揮官より本部。起爆コードを入力した。一〇分で柱に穴を開けて起爆を――≫ ≪遅い! "ゴールデンイーグル"は三分でやれと言っている!≫ 撤退ついでに爆破していく気か――扉を叩くが、無論それで開かれるはずもない。こうなればやることは一つだ。プライスとアイコンタクトし、扉の脇に身を寄せる。 爆薬をセットし、身構える。起爆、扉を丸ごと吹き飛ばして突入。中にいた数名の敵兵たちは何らかの作業を行っていたが、全員が一斉に中断し、銃を、ナイフを構えて迎撃の構えを見せた。それより早く、二人の兵士の銃口が跳ね上がる。照準に捉えた敵兵に向かって、綺麗にセミオートで二発ずつ弾を送り込んだ。黒い影がひっくり返り、巻き上がった粉塵が落ち着く頃には静寂が舞い戻ってきた。立っていたのはソープとプライスの二人のみ。 敵兵を殲滅して、初めて気付いた。扉の向こうは司令部だったようだが、見渡す限りのC4爆弾で埋め尽くされている。どれほど徹底的にここを爆破処分するつもりなのかと考えて、そうではないと気付いた。敵の放送が、C4だらけの司令部に響いてきた。 ≪全部隊へ告ぐ、こちらは"ゴールデンイーグル"だ。この拠点は敵に発見された。これより指令"116B"を発令する。もし残っている者がいれば、君の行動は名誉として称えられる。以上≫ ふざけるなよ、要するに残って死ねってことだろう。部下もろとも拠点を爆破しようとするシェパードに今更ながら怒りを覚えるが、今はそれどころではない。C4爆弾で埋め尽くされた司令部の中で、わずかに姿を見せていたディスプレイにいかにもな数字が表示されていた。これはカウントダウンだ。プライスがすでにキーボードに噛り付いて、爆破阻止は無理でもロックされた扉の制御強奪を試みている。 「ソープ、手伝え! そっちのキーボードだ!」 「どうすればいい!?」 「何でもいい、適当に打ち込め!」 言われるがまま、叩くようにして意味不明な文字の羅列を空いていたキーボードに叩き込んだ。ガチャ、とロックされた扉が開かれるのだから、案外適当な作りだったのかもしれない。それでもカウントダウンの数字が減っていく。残り二〇秒を切った。 駆け出し、開かれた扉を抜ける。カッ、と背後で何かが光り、一瞬遅れて爆発音と紅蓮の炎が巻き上がった。爆風は走るソープのすぐ足元にまで及び、彼は姿勢を崩され吹き飛ばされた。 一瞬、意識が遠のいていた。爆風に巻き込まれたには違いないが、吹き飛ばされただけでどうにか無傷で済んだらしい。立ち上がろうとすると、視界の向こうにプライスが銃撃戦を繰り広げているのが見えた。敵の防衛ラインと遭遇したのか。 ≪"ゴールデンイーグル"よりエクスカリバー、砲撃開始せよ。目標地点ロメオ――デンジャー・クローズ≫ ≪そちらと一〇〇メートルも離れていません、誤射の危険があります!≫ ≪これは提案ではない、命令だ≫ 何だと、奴は――その時、ソープは確かに目撃した。突き出た岩と並べられた資材、自然と人工物のコントラストの向こうに見覚えのある男が、複数の黒い兵士たちに囲まれて奥に進んでいくのを。間違いない、シェパードだ。奴は、自分のいる場所に砲撃の指示を出したのだ。味方もいるのを承知の上で。至近距離への着弾(デンジャー・クローズ)をやれと言うのだ。 「伏せろー!!」 プライスの叫びが響く。部下に向けて。あるいは、巻き込まれる敵に向けてのものだったのかもしれない。次の瞬間、轟音と爆風が巻き起こった。岩が吹き飛び、資材が巻き上げられ、必死に戦っていた兵士たちがただの肉片へと姿を変える。後に残ったのは一枚の地獄絵図だった。まだ生き残っている敵兵たちも、這いずり回って助けを求めていた。 「……シェパードは本当にデンジャー・クローズを気にしないな」 ため息を一つ吐き、プライスはソープを助け起こす。まだ追撃は終わっていない。シェパードは、もう目の前に迫っていた。 戻る 次へ
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"ニューヨーク・タイムズ" ――大統領、第三三五管理世界へ合衆国軍派遣命令 ――時空管理局との協定に基づくもの ――"次元世界の安定と平和のため" 本音はその世界で得られる利権? ――「どうして他の世界にまで行く」 戦死した兵士たちの遺族の声 ――管理局内でも反発の声あり 「次元世界の平和は本来我々が守るべき」 Call of lyrical Modern Warfare 2 第1話 S.S.D.D. / 紛争世界にて SIDE U.S.M.C 一日目 時刻 0855 ミッドチルダ 首都クラナガン ポール・ジャクソン 米海兵隊曹長 在ミッドチルダ米軍連絡官 「やっぱり、そっちの方が似合ってる」 他の次元世界に繋がる転送ポートの前で、少し遅めの朝の挨拶を交わした直後のこと。戦友が懐かしいものを見るような目をして、そんな言葉を投げかけてきた。 ジャクソンは視線を下げて、彼の言葉の意味を理解し、なるほどな、と声に出して納得してみせる。連絡官と言う立場になってからは米海兵隊の制服を着ることが日常と化しており、数年前の最前 線での暮らしから思えば考えられないことであった。クロノと言うこの戦友、黒髪の青年も最初に会った時は野戦服だったものだから、彼にはこちらの方が見慣れていたのだろう。 そう、在ミッドチルダ米軍連絡官が今着ているのは、パリッとした堅苦しい制服ではなく、灰色を基調にした野戦服だった。装具こそ着けておらず、腕まくりして身軽そうであるが、やはり制服と 違ってこちらの方がいかにも兵士、海兵隊と言った風に見える。 「お前は大丈夫か? 現地は砂漠だ、暑いぞ」 もちろん、ジャクソンが今日に限って制服ではなく野戦服を着ているのは決して堅苦しいからと言う訳ではなく、書類仕事が嫌になったので最前線で暴れて気分転換に行くからと言う訳でもない。 その日、彼らはとある紛争が絶えない砂漠の管理世界に展開する米軍、管理局が上手く合同出来ているか、視察に行くつもりだった。戦場に行くのに制服というのはおかしいが故である。何より、 彼の言うとおり現地世界はそこそこに気温が高い。 だと言うのに、だ。クロノが着ているのは黒を基調にした魔導の羽衣、俗に言うバリアジャケットなのだが、長袖長ズボンと来た。こうして気候の穏やかなミッドチルダの地にいるだけでも暑そう なのだが、当の本人は何ともなさそうな顔だ。 「知らないのかい? バリアジャケットは保温、保湿の効果もある。砂漠だって雪山だって、これ一枚で大抵の場所は行けるんだ」 「魔法って便利だな、つくづく」 単に彼らは、コスプレや見栄え目的で摩訶不思議な魔法使いの格好をしている訳ではない。すでに思い知ったはずの事実を改めて知らされ、海兵隊員は思わず苦笑いを浮かべた。 そうして何気ない日常的な会話を交わして転送ポートへ向かうのは、まるで出張へ行くサラリーマンのようでもあった。無論、彼らがこれから向かうのは会社でもなければお得意様の取引現場でも ないのだが。 久しぶりの戦場の空気は、おそらく彼らを歓迎するだろう。ただし、硝煙と銃声で。 SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊 一日目 時刻 1530 第三三五管理世界 フェニックス前線基地 ジョセフ・アレン上等兵 管理世界と言っても、全てが秩序を保って平和な雰囲気で人々が暮らしているのかと言うと、それは否だった。 例えばこの第三三五管理世界は、時空管理局が統治下に収めてなお、現地の軍閥同士が互いに主張を譲らず、紛争を続けていた。管理局が調停に入って武装解除したり、講和条約を結んだ勢力もあ るが、未だ掌握下に入らない、入ろうとしない軍閥は数多に上っている。長く続いた戦いの歴史は現地の人々の生活を蝕み、侵食し続け、未だ出口は見えそうにない。 そんな最中に、管理局に加えて今度は米軍が文字通り世界を股に駆けて進駐してきた。異世界からの軍隊は強力な、かつ訓練すれば誰にでも扱える質量兵器を持って軍閥解体や紛争調停に手間取る 管理局を助け、それなりの成果を挙げつつあった。現地世界出身の、魔力資質を持たない者で志願者を募り、暫定的な統一政府の軍隊すら組織しつつある。 もっとも、おかげで俺たちの仕事が増えるんだが――アレンと言うこの米陸軍に所属する上等兵は、この日も射撃訓練場に呼び出されていた。分隊長のフォーリー軍曹は職務に忠実なのはいいのだ が、部下にまでそれを行わせようとするのだから彼には迷惑極まりない。 もちろんフォーリーが嫌いな訳ではなく、むしろ実戦時における判断力の高さは大いに買っている。「ここさえどうにかしてくれりゃな」程度の感情だった。 「第一〇一回"トリガーの引き方講座"にようこそ。私は第七五レンジャー連隊、フォーリー軍曹だ」 射撃訓練場に集まった、まだ野戦服もどこか不慣れな様子の現地出身の兵士たちに向けて、黒人の男が軽く自己紹介。フォーリーは現地兵たちの顔を一通り眺めて、次に「休め」の姿勢で待機して いたアレンに目配せする。あいよ、と彼は頷き、休めの姿勢から気をつけ、一歩前へ進め。 「このアレン上等兵が、今から君たちに射撃のお手本を披露する。言ってはなんだが、君たちは腰だめで弾をばら撒いている者が多い。撃っても当たらなければただのアホにしか見えんぞ」 誰だったか、"当たらなければどうと言うことはない"って言った奴は。上官の声を聞いて脳裏に浮かんだ雑念に思いを巡らせつつ、彼は目の前のテーブルに置かれていた銃を手に取る。M4A1、M16か ら発展したアサルト・カービン。銃身にフォアグリップが装着されている以外は何の変哲もない、ごく普通のものだ。弾もどっさり、これから訓練するため五〇〇発は用意されていた。 「百聞は一見にしかずだ。アレン、後ろの標的を撃て」 「イエス、サー」 M4A1にマガジンを差し込み、コッキングレバーを引いて弾丸装填。ジャキッと鳴り響く機械音、躊躇いなくアレンは踵を返し、積み上げられた土嚢の向こう、粗末ながらも撃てば倒れ、また自動で 立ち上がる訓練標的に銃口を向ける。 普段ならしっかりサイトを覗き込んで照準し発砲だが、今回は教育が目的だ。銃口の先端をおおむねこの辺りだろうと目星をつけた先に向けて、引き金を引く。 途端に、乾いた銃声が数発放たれる。予想通り弾は散らばり、標的に当たりはしたものの一発だけ。こんなもんですか? とアレンはちらりと視線をフォーリーに送ると、彼は頷き、また現地兵たち に向けて解説を始めた。 「見たな? 今、アレン上等兵は弾をばら撒いただけだ。しっかり当てたいなら腰を落として、サイトで照準だ――アレン、見せてやれ」 へーい、と気の抜けた返事を胸のうちで返し、アレンは行動に移った。腰を落とし、左膝を地面に着ける。左手はしっかりフォアグリップを握り、右肩のくぼみにはM4A1の硬い質感を持った銃床を ぐっと押し当てる。サイトを覗き込み、中央に標的を合わせて、発砲。今度の弾は訓練標的にほとんどが命中し、甲高い金属音を連続で鳴らす。 「こんな感じだな。どうだ、簡単だろう? しっかり当てたいなら姿勢を低く、よく狙って、撃つ。これだけだ」 現地兵たちは、とりあえず理解してくれたらしい。頷きながら、周囲の者と小声でどう狙うか、どう撃つのか確認し合っている。 「さて、次は実戦だ。一番手は誰だ? よし、お前だ。いいか、教わったことをよく思い出せ――アレン、お前はもういいぞ。ピットに行け」 「はい、りょーかい……はい、ピットに?」 やれやれ終わった。 役目を終えたアレンは分隊長にラフな敬礼を送って立ち去ろうとし、しかし突如出た、新たな指令に思わず表情を歪めてしまった。さっさと部屋に戻ってのんびりラジオでも 聞くつもりだったのだが。 「忘れたのか。シェパード将軍がお待ちかねだぞ、俺に恥をかかせるな」 「ああ――そういやそんなこともありましたね。はい、了解、行ってきますよ」 いけねぇ、すっかり忘れていた。今日は何でも上層部でも飛び切りのお偉方が来ているらしく、特別任務に就く兵士をここから引き抜くため、訓練の様子を見学したいそうだ。 やれやれ、とため息を一つ吐き捨て、とぼとぼとした足取りでアレンは、ピットと呼ばれる訓練場へ向かう。 お堅い司令部ならともかく、ここは前線基地だ。道中で見かけた他の分隊に属する兵士や、現地兵らしい肌の色が異なる者たちは皆、思い思いの方法で余暇を過ごしている。Tシャツ一枚でラジオ を聞きながら軍用車両の整備を行ったり、バスケットボールをやったって誰も文句は言わない。 ピットに向かう途中、アレンは目の前を白い拳大のボールが転がっていくのを目撃した。コロコロと視界を横切っていったそれは、拾い上げてみるとベースボールの球だった。 「アレン先輩」 不意に名前を呼ばれて振り返れば、グローブ片手にこっちだ、と手を上げてアピールしている兵士が一人。同郷出身の、ラミレス一等兵だった。他の兵士とキャッチボールをしていたらしいが、取 り損ねてしまったのだろう。後輩の意図するところを理解したアレンは、ボールを投げ返す。 「ラミレス。お前、軍に入ってからは階級で呼べと何度も――」 「いいじゃないですか。先輩は先輩です、違いますか?」 悪びれた様子もなく、受け取ったばかりのボールをグローブの中で弄びながらラミレズは人懐っこい笑みを浮かべていた。アレンとはハイスクール時代からベースボールのクラブ活動の先輩後輩の 中であり、その時の関係を彼はまだ引きずっているのだ。 もっとも、アレンとしても本気で注意した訳ではない。階級で呼ばれるよりは、異世界の土地であっても先輩と日常にありふれた呼び方をされた方が気が紛れる。その事実を知ってか知らずか、と もかくこの後輩は入隊してから久しぶりの再会以後、「上等兵」と呼んだことは一度もない。 どこ行くんです? とラミレスは問いかけてきたので、アレンは素直にピットだ、と答えた。お偉いさんに訓練の様子を見せてやるんだ、とも。 「ああ、それなら俺も昨日受けましたよ。あんまり、成績は芳しくなかったけど」 「道理で俺が駆り出された訳だ。お前さんさえもっと上手くやってりゃ、俺は楽出来た」 えー、だってなぁ。先輩からの指摘に、生意気な後輩は口を尖らせる。普通じゃあり得ないくらいタイム設定、短くされてんですよと文句を垂らしてさえ見せた。フムン、とアレンは適当に聞いて いるのかいないのか、よく分からない適当な相槌を打って受け流す。 どれだけラミレスが優秀な成績を叩き出したところで、今回来訪されているお偉いさんは兵士全員を見て回るだろう。結局のところ、彼は今日ピットに行く運命にあったと言うことだ。 「あー、でも一人だけ凄いのがいましたね」 思い出したように、後輩は口を開く。彼が言うには、何でも自分の番を終えた後。ピットに、見慣れない一人の若者がやって来たそうだ。迷彩服ではなく、コスプレ紛いの魔導服を着ていたことか ら、一目で米軍所属ではなく管理局の魔導師だと分かった。 「何だ、将軍は管理局の連中の訓練も見るのか。妙な話だな」 「ホントそうッスよね――あぁ、んで。その魔導師が、これまた妙な奴で」 饒舌に語るラミレスの口から得られたのは、やって来た魔導師は拳銃のようなものを手にしていたこと。さらに、異世界生まれだけあって地球ではまず見られない、橙色の髪をしていたこと。ピッ トの成績が、これまで記録されてきたどの米軍兵士よりもずば抜けて凄いこと。この三つの情報だった。 さすがに魔法使いだけあるな、と感想を口に漏らすアレンだったが、当のラミレスは「いや、それにしたってありゃ何か違う」と言って、口にした魔導師の凄さをしきりに強調する。ここまでしつ こく話すということは、よほど凄い奴だったのだろう。 「まぁ、まずはピットで確認してみよう。お前さんの言う例の魔導師がどんなもんか、同じメニューを受ければ分かるだろ」 「ホントに凄いですからね。ありゃあ絶対真似出来ませんよ」 そうかい、と苦笑いして、アレンは後輩にラフなお別れの敬礼を送って歩き出す。ラミレスは敬礼を返さず、「ご武運を」とふざけた調子でグローブを右手にあげてそれに答えた。 「あ、先輩。終わったら試合しましょうよ、また。今度現地出身の奴らと米軍(俺たち)とでチームに分かれてやるんすよ」 「へぇ、そりゃいいな。俺は投げるから、お前キャッチャーやってくれ」 別れ際に、ベースボールの約束を交わす。ごく一瞬だけ、ハイスクール時代に戻ったような錯覚があった。 SIDE 時空管理局 一日目 時刻 1600 第三三五管理世界 フェニックス前線基地 クロノ・ハラオウン執務官 「昨日の敵は、今日の新兵だ」 そう言って、目の前の男はクロノに語りかけてきた。 男は、そこそこに年齢は重ねているようなのだが、背骨を曲げたりせず、常にシャキッとした様子で歩いていた。首元に縫い付けられた階級章は大きな星が複数並んでいたが、同時に肩にサスペン ダーを装着しており、脇にはリボルバー式の大型拳銃が収まっている。つまり、この男は将軍と言う立場にありながら、いつでも最前線に赴く覚悟をしていると言うことだ。 男の、なんとなしに開かれた口からは、なおも続く重みのある言葉。しかし、クロノはそれが自分だけに向かれたものではないとも感じていた。自分と、隣を歩く戦友のジャクソン、護衛の兵士、 あるいは男自身に向けられたものだったか。 「彼らと共闘できるよう教育し、そのことで後々彼らに憎まれないよう、祈る」 「……現地出身の兵のこと、でしょうか」 言葉の意味を、それとなく察したクロノは問いかけてみるが、男はすぐには答えなかった。老いてなお鋭い眼光を持って――どこかで見たことがある眼だ、と彼は思った。まるで、あのザカエフの ような――異世界の若い執務官兼提督を一瞥し、ようやく回答を口にする。 「国境が変わろうが、指導者が変わろうが、"力"は常に安息の地を得ると言うことだ。物事の表向きは変化しても、本質は損なわれない――"力"が、我々に向けられないようにする必要がある」 要するに、信用していないんだな。この将軍は現地兵たちを――果たして予測は正しいかどうか、知る術はない。直接問いただすにしても、この男が答えるとは思わなかった。 「クソのような日々だ」 日差しは高く、暑かった。男の言葉はこの世界の気温の高さに向けられたものかは分からないが、ともかくも何か大きな不満を抱いているには違いない。 彼は振り返り、連絡官であるジャクソンに声をかけた。私が何を探しに来たのかは、知ってるだろうと。もちろんです、と彼は答えて、眼下にあった訓練場を指で示す。 「ジョセフ・アレン上等兵。有力候補の中でも上位に位置する優秀な兵士です。おそらく、気に入って頂けるかと」 フムン、と男は大して感動した様子もなく、ピットと呼ばれる訓練場、そこを一望できる場所にまで歩みを進めていく。 どうにも苦手だな、僕は――進んでいく男の背中を見つめて、クロノは思う――このシェパード将軍は。淡々としすぎている、戦争以外に興味はないみたいだ。 もっとも軍人はそうであるべき、政治に関わってはいけないのだろうけど。そう胸のうちで付け加えて、苦手意識を無理やり克服させようとするクロノだったが、違和感は拭いきれなかった。 ピットでは、やって来たらしい一人の兵士が訓練の準備に入っていた。 SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊 一日目 時刻 1621 第三三五管理世界 フェニックス前線基地 ジョセフ・アレン上等兵 ピットと呼ばれる訓練場は、市街地を模した機動を伴う実弾射撃場だった。見るからに分かりやすいテロリストと、これも見るからに分かりやすい民間人を模した標的が立ち並び、テロリストのみ を銃撃しながらゴール地点まで進んでいく。落ち着いて見れば標的の識別は難しくないが、何しろ時間制限付きだ。新兵には実戦に向けての登竜門であり、ベテランにとっては今回、お偉いさん方 に射撃訓練の様子をご覧いただくステージとなった。 「カメラにでも笑顔を見せておけ、愛想よくな――シェパードが見てる」 訓練場で出迎えてくれたのは、分隊副官のダン伍長だった。口は悪く面倒臭がりだが、必要な仕事はテキパキこなしてくれる。使用可能な銃を説明してくれた後は、弾の抜けた拳銃を手のひらで弄 んでグチグチと文句を言い出していた。 「優秀な奴は花形部隊に行けるって話だぜ、お前さん次第だが――なんで最初から俺たちを使わないんだろうな。レンジャーには無理でもデルタの連中には出来るってのか?」 デルタ、と言うのはデルタフォースのことだろう。米陸軍きっての精鋭特殊部隊。しかし、レンジャー連隊に属する彼らは決してデルタの方が自分たちより何もかも上だとは考えていない。愚痴を 呟くのは、任務に対する士気の高さの裏返しでもあった。 とは言え、花形部隊とやらにアレンの興味はさほど湧かなかった。待遇や給料がよくなるだろうが、その分激務になるのは眼に見えているのだ。ここでダラダラとベースボールをやって、時たま起 きるドンパチに参加していた方が性に合っているとさえ思っていた。 ――まぁ、仕事は仕事だしな。M4A1を手に持ち、サイドアームにベレッタM92Fを選択。準備OK、とダンに伝えて、彼はスタート地点に進んだ。 ふと、視線を感じて上を見上げる。訓練場を一望できる高いところに、やたらでかい階級章を首元につけた男の姿があった。おそらく、こいつが例のシェパード将軍だろう。眼が合ったが、眉一つ 動かさずじっとこちらを見定めている。まるで鮫だな、とわずかばかりの感想を漏らすが、もちろん聞こえるはずがない。シェパードの周囲にいた、海兵隊の野戦服を着た男ともう一人、黒髪の管 理局の者らしい青年はまだ人間らしい表情をしていたように思う。 「アレン、始めるぞ」 「了解」 思考切り替え。コッキングレバーを引いて、機械音を鳴らす。安全装置解除、M4A1のグリップを握り直して、突入態勢に入った。 スッと、息を少し多めに吸い込んで――次の瞬間、スピーカーで鳴り響く、ダンの突入指令。 「GO! GO! GO!」 ダッと駆け出す。のんびり気分はもうおしまい、ここから先は実戦に限りなく近い、訓練の始まりだ。 ピットは三つのエリアに分けられていた。それぞれ第一、第二、第三エリアと呼ばれ、ガラクタによって構成された障害物が存在し、テロリストと民間人の標的が入り組むようにして立ち並ぶ。 まずは第一エリア――早速姿を見せたのは、障害物に半身を隠したテロリストを模した標的。素早く正確に照準し、引き金を短く引く。唸る銃声、輝くマズルフラッシュ、肩に当てた銃床が小刻み に揺れて銃撃の振動を伝えてくる。一人目を倒し、二人目に照準。再び引き金を引けばM4A1が牙を剥き、容赦なく標的を射抜いていった。 「っち」 三人目、四人目、五人目が出現――面倒だ、と数えるをアレンはやめた。幸いにもこれは訓練、何人テロリストが出てこようがみんな標的であることは変わりない。反撃される心配なく、これにも 短い銃撃を浴びせて素早く排除。 続いて立ち上がった標的。跳ね上げた銃口を向けるが、しかしすぐには火を吹かない。民間人の子供を模した標的だった。その背後に隠れる形で、銃を構えたテロリストが出現する。人質のつもり であろうが、少し進めば射線から民間人は外れてくれた。無防備になった標的に再び数発の五.五六ミリ弾をお見舞いし、第二エリアの屋内の突入。 洗練されたプロの動き、戦い慣れたベテランの射撃術を持ってすれば、標的の一掃は楽勝とさえ言えた。屋内の標的を軽々と射撃し、階段を上る。第三エリアはこの先、屋上から地面に飛び降りた 向こうにある。 「!」 階段を上りきろうとしたところで、目の前に突如テロリストが出現。銃口を突きつけるのは、間に合わなかった。咄嗟に左手を腰に伸ばし、鞘から引き抜いたナイフで殴るように斬りつける。甲高 い金属音と共に、標的を排除。走りながらナイフを戻し、屋上にて待ち構えていたテロリスト、これも一掃――カチンッと小さな機械音を鳴る。M4A1が弾切れを起こしていた。リロードはせず、パ ッと手放し首からぶら下げ、右太もものホルスターに収まっていた拳銃を引き抜いた。第二エリア制圧、飛び降りて第三エリアへ。 着地するなり、顔を上げてアレンは表情を歪ませた。うぜぇ、とさえ口にする。テロリストが大勢、民間人を盾にする形で彼を出迎えていた。さぁ突破してみろ、と言わんばかりに。苛立ちが腕に 篭るが、照準にまで影響を及ぼしてはならない。クールに、冷静に、M92Fの銃口を前に突き出し、テロリストのみに照準し、撃つ。九ミリ拳銃の反動は小さくマイルドだ。一人、二人と即座に撃ち 倒して進み、最後に全力疾走でゴール地点へ滑り込んだ。 時間にして、わずか三〇秒足らず。息を切らして拳銃をホルスターに戻すアレンは、いつの間にか額に浮かんでいた汗を指先で拭う。結果は上々だったように思うが、判断するのはシェパードだ。 「ヒュー、驚異的な腕前だな。完璧なお手本だったぜ」 「そりゃどうも――ッハァ、水もらえます?」 一人絶賛してくれるダンの言葉も適当に受け流し、ペットボトルに入った水を受け取った。さぁ、これで今日の訓練はもうおしまい。後は部屋でのんびりしてるといい。 ゴクゴクと水分を体内に流し込む彼の耳に、突如、警報にも似たサイレンの音が入ったのは、まさにその時であった。 SIDE U.S.M.C 一日目 時刻 1630 ミッドチルダ 首都クラナガン ポール・ジャクソン 米海兵隊曹長 在ミッドチルダ米軍連絡官 突然騒がしくなった前線基地。ジャクソンは手近なとこにいた陸軍兵士を捕まえて、状況を聞く。どうやら、紛争地帯にて交戦中だった部隊が敵に分断され、孤立してしまったとのことだ。頭上を ヘリが飛び去っていき、緊急発進したジープが兵士を載せて出動態勢に入っていく。 「ジャクソン曹長、クロノ提督を司令部に案内しろ」 了解、と言いかけて、彼はエッと表情を驚きに染めた。命令を下したのはシェパード将軍その人であり、拒否する権限はない。別段、おかしな命令だとも思わなかった。自分たちはオブサーバーに 過ぎず、前線参加の許可も与えられていない。 ジャクソンが驚いた理由は、将軍の行動だ。リボルバー式拳銃を引き抜き、残弾を確認。その後、視察でやって来たはずなのに彼は周囲の陸軍兵士や現地兵に命令を飛ばし始めるではないか。突然 の警報に基地司令部からの命令が届いてないのか、兵士たちも言われるがままシェパードの指示に従い動いている。 「将軍、何をなさるおつもりですか」 「"何を?" 妙なことを聞くのだな、曹長」 目の前に、防弾仕様が施された車両、ハンヴィーがやって来る。よりによって、将軍の目の前で。扉が開かれ、彼は何の躊躇いもなく乗り込んだ。 「軍人は戦争が仕事だ」 あぁ、なるほどな――即座に、海兵隊員はこのシェパードと言う鋭い眼光を持った男が、いかなる者なのか理解した。止めても無駄だろう、こういうタイプは。レジアス中将が見たらなんと言うか。 ともかくもジャクソンは命令された通りに動き出す。管理局の部隊も動くとなれば、連絡官の仕事もあるはずだ。 前線基地は、まさしく紛争地帯の様子を醸し出そうとしていた。 戻る 次へ
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Call of lyrical Modern Warfare 2 第15話 "Whiskey Hotel" / 取り戻せ星条旗 SIDE 時空管理局 機動六課準備室 五日目 時刻 2005 地球 衛星軌道上 次元航行艦『アースラ』 ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 地球の、衛星軌道上での核爆発。この情報がミスターRとミスRからもたらされた時、『アースラ』は幸か不幸か、地球に向かっていた。 超国家主義者たちの新たなリーダー、ウラジミール・マカロフのミッドチルダ臨海空港での無差別虐殺と計略により、つい先日まで同盟の関係にあったはずの地球のアメリカ合衆国と時空管理局は戦争状態に陥った。管理局側は米本土東海岸への奇襲空挺攻撃で米軍を翻弄し、首都ワシントンや大都市ニューヨークを蹂躙し続けている。このままでは戦火は拡大する一方であり、アメリカと管理局の共倒れを意図するマカロフの思う壺となってしまう。多くの人々は、その事実に気付かされないままに。 そこで、時空管理局の八神はやて三佐は、自身が指揮官として部隊の稼動準備を行っていた独立部隊『機動六課』、正確にはその準備のためである機動六課準備室を用い、事態の収拾とマカロフを捜索を開始した。 臨海空港でのテロが本当にアメリカの手によるものなのかどうかは、実のところ調査が完了していなかった。ただ、現場にテロの実行犯の一人と思われるアメリカ人の遺体が残されており、このためにテロはアメリカの仕業であるという推測が広まった。このためまずは調査を完了させ、その報告結果を待つべきという報復慎重派が管理局には多数いた。不運であったのは、彼らとは主張が相反するもの、すなわちただちにアメリカへの報復を強行すべきという報復強行派もまた、管理局には多数存在したことだ。強行派は慎重派を強引な手段で次々と逮捕してしまい、現在の管理局、それも地球への兵力輸送と攻撃を行えるだけの能力を持つ本局は主導権を強行派が握っている。 これに対し機動六課準備室は、報復慎重派の中でも特に大きな権限を持っていたクロノ・ハラオウン提督の救出作戦を決行。管理局の中でも優秀で人望もある彼を奪還し、クロノ自身が強行派に報復作戦の中止と撤退を呼びかければ、彼らは大きく動揺するだろう。強行派に鞍替えせざるを得なかった者も、戻ってくるかもしれない。 救出作戦ははやての呼びかけに応じた管理局の精鋭、それにジャクソンを初めとした米海兵隊や英SASの兵士たちの働きにより、無事成功。クロノはかつて自分が艦長を勤めていた次元航行艦『アースラ』へと帰還した。 クロノの救出に成功した機動六課準備室だったが、彼らは途中、気になる情報を入手した。地球でも現在、この戦争を裏で仕組んだ超国家主義者たちのリーダー、マカロフを追っている特殊部隊が活動中だという。部隊の名は、Task Force141。クロノとジャクソンの戦友、ソープもそこにいるらしい。もしも彼らとコンタクトが取れれば、地球と管理局の精鋭部隊で共同戦線を築くことが可能かもしれない。 そこで『アースラ』はTask Force141とのコンタクトを求めて、地球へ向かった。その途中、核爆発という情報を得た。 緊急招集がかかり、艦橋に集まった時の光景を、ジャクソンははっきりと覚えていた。この時間帯、本来はオペレーター席は当直勤務の者だけが座っているが、彼が艦橋に到着した時には全席が埋まっていた。中央の主任オペレーター席では、艦の主任オペレーターであるエイミィ・リミエッタという女性が、通信と解析の指示でてんてこ舞いをしていた。 何より、彼の視線を奪ったのは、艦橋にある大型の観測窓から見る地球だった。米本土、東海岸上空。自らの祖国。その東海岸が、暗い。西海岸や中央はまだ人々の生活がそこにあることを示す明かりが、宇宙である衛星軌道からでも見える。だが東海岸に限っては、真っ暗だった。「東海岸はみんな節電中か」と同僚のグリッグが言ういつものジョークも、耳に入らなかった。 それから、衛星軌道上に浮かぶ無数の残骸。これは何だろう、と思って観察を続けていたが、微速前進する『アースラ』の観測窓に、ドッと衝撃があった瞬間、艦橋で男女問わずの悲鳴が上がった。宇宙服も着ないままに、放り出された死体だった。服装からして、管理局の次元航行艦の乗組員であることが推測された。 ようやく、ジャクソンを含めて彼らは目の前でほんの数時間前、何が起こったのかを悟った。核爆発により、衛星軌道上に展開していた次元航行艦隊が、壊滅したのだ。大半は地上戦支援のためもっと高度を下げているとの情報だったが、『アースラ』乗組員たちが出くわした残骸は、衛星軌道上に残留していた艦のものだったのだろう。 現在、『アースラ』は救出活動を行っている。核爆発が追い詰められた米軍によるものなのかは不明だが、目の前で漂流している艦があれば、見過ごすことは出来ない。例え強行派の下で報復作戦に従事していた者であっても、今の彼らは助けを待つ漂流者であり負傷者だったのだ。 「医務室だけじゃ収まりきらないわ。食堂を臨時で救護室にして! 軽傷の者は幹部食堂、重傷者は私のいる一般食堂に!」 まるで野戦病院だ、とありったけの医薬品を担ぎ込むジャクソンは思った。一般食堂は現在、地獄絵図だ。火傷、切創、骨折といったありとあらゆる負傷者が運び込まれ、それを医師免許を持つ彼の恋人、シャマルと『アースラ』の医務室のクルーが懸命な治療を施している。シャマルは実質、重傷者治療の指揮を取っていた。 白衣の天使とはよく言ったものだが、クルーたちの着る白衣はもはや白くなかった。ほとんどが赤黒く染まっていたのだ。 「シャマル、モルヒネと包帯、それから消毒液だ。他に必要なものは?」 「ありがとう、そこに置いておいてください。医薬品はいいから、ジャクソンさんは私を手伝ってください!」 振り向きもせず、シャマルは言う。彼女に言われるがまま、ジャクソンは彼女を手伝った。と言っても、出来ることは少ない。医者でもなければ看護師の資格を持つ訳でもない彼は、あくまでもただの兵士でしかないのだ。負傷者の傷口を固く縛れ、と命じられれば包帯を持ち出して止血をする。抑えて、と命じられれば、麻酔が尽きたために苦しみもがく重傷者の手足を抑える。励ましてあげて、と命じられれば、泣き言を口にする負傷者に「治療はうまくいってるぞ」と励ましの言葉をかけた。言われたことをするしかない。彼にはそれが悔しかった。今、ジャクソンの愛する恋人は、目の前の命を救おうと必死になっているというのに。 一人の治療が終わった後、ようやく一旦重傷者の搬入が止まった。軽傷者はまだいるが、彼らはただちに命の危険が迫っている訳ではない。医者も人間なのだから、休める時に休まねば自分が怪我をしてしまう。 飛び散った血がそのままになった白衣で、シャマルは疲れたように腰を下ろした。明るく元気ないつもの彼女も、この時ばかりは疲れ切っていた。 「大丈夫か? 欲しいものがあったら言ってくれ。そうだ、喉が渇いたろう。水を持ってくる」 「あ、いえ、いらないです。それより…」 見かねたジャクソンが気遣って声をかけたが、彼女は首を振った。その代わりに、手を伸ばして彼のそれを掴む。血に塗れたシャマルの、細い指。しかしジャクソンは嫌悪しなかった。無言で、彼女の次の言葉を待つ。 「…傍にいてください。ちょっとだけで、いいから」 頷き、ジャクソンはシャマルの傍に腰を下ろす。医師免許を持っているからと言って、グロテスクな人の怪我を見ても平気かどうかと言えば、それは違う問題のはずだ。彼女の肩が、わずかに震えている。人の命をいくつも救ってきたその肩は、逆を言えばそれまでずっと人の生死を左右させてきたのだ。よくもプレッシャーで押しつぶされないものだ。 震える恋人を安心させるようにして肩を抱く兵士は、思考の片隅で祖国のことも考えていた。アメリカ合衆国。一度、彼が忠誠を誓った身の国。シャマルやはやてたちとの縁のおかげでミッドチルダの連絡官となっていたが、戦争がその関係を破壊しようとした。ジャクソンはその時、祖国ではなくシャマルたちと共にいることを選んだ。それがひいてはアメリカを救うことになる、と思っていた。 しかし、実際のところはどうなのだろう。艦橋で見た、暗闇の東海岸が脳裏から離れない。まるで、そこだけ黒いインクで塗り潰したかのようだった。黒い東海岸、黒いワシントン、黒いニューヨーク。このまま祖国は真っ黒に染まっていくのではないだろうか。そう思うと、気が気でない。 報復強行派は無論止めなければならないが、ジャクソンたちの手だけでは難しい。この戦争は一種の病気のようなものだ。マカロフを倒すと言う根本的な治療はもちろん必要だが、ジャクソン としてはこれ以上祖国の被害が拡大しないよう、報復強行派を止める対処療法も必要だ。そのためには今も戦っているであろう米軍に期待するしかない。核爆発で次元航行艦隊が壊滅したとなれば、反撃の糸口も見出せるだろうか。 かつての顔も知らない戦友たちに、彼は祈るような思いを寄せていた。頼む、星条旗を取り戻してくれ。 SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊 五日目 時刻 1850 ワシントンD.C. ジェームズ・ラミレス上等兵 気のせいか、誰かに応援されたような気がした。頼む、星条旗を取り戻してくれと。 それが誰からのメッセージだったのかは分からない。空耳か、あるいは思い過ごしか。本当に遠く離れた誰かからの、応援だったかもしれない。 ラミレスは銃を握る腕に改めて力を入れた。空耳でも思い過ごしでもいい。これから自分は、本当に星条旗を取り戻しに向かうからだ。いや、正確には"自分たち"だ。星条旗を取り戻すため、集結したワシントン防衛の米陸軍、海軍、海兵隊、果ては脱出して陸戦に加わるざるを得なくなった空軍のパイロット。まさしく混成部隊。ラミレスと、彼が所属する第七五レンジャー連隊はその一員だった。 土砂降りの雨は、まだ続いていた。崩れ落ちた退避壕の天井からは容赦なく天から水が滝のように降り注ぎ、進む兵士たちの足をもつれさせようとする。しかし、その程度でレンジャーたちの前進は止まらない。これから向かう目的地は、アメリカ人であると自覚するならもっとも重要な象徴だからだ。 「ウイスキーホテルへ急げ!」 「聞いたろ、こっちだ!」 陸軍の兵士が方向を指差し、海軍の兵士が前を行く。ウイスキーホテルとは、NATOファネティックコードと呼ばれる通話表で『W』と『H』を意味する。ワシントンで『WH』という建物と言えば、もはや一つしかない。 前を行く戦友たちに続き、ラミレスが所属する分隊の長であるフォーリー軍曹がレンジャーたちの先頭に立つ。退避壕から地上に出れば、そこはただちに戦場だった――ホワイトハウスと言う、戦場。アメリカ合衆国の政府機能の中枢にして、合衆国を象徴するもの。防衛部隊の奮戦も空しく、管理局の陸戦魔導師たちに占拠されてしまったが、ここを奪還するのだ。幸か不幸か、ホワイトハウスは見るも無残な形で武装化されてしまっているが、いかなる理由か国旗はまだ星条旗のままだ。文字通り、星条旗を取り戻すための戦いになる。 無論、象徴を取り戻すためだけに彼らは危険を冒して敵が陣取るホワイトハウスに攻撃を仕掛けた訳ではない。ワシントン防衛の陸海空軍、海兵隊の残存兵力全てを持って挑むのには、それなり以上の理由があった。 「M240Bを撃ち続けろ! 左翼にもっと兵力を回せ!」 指揮官らしい男が、双眼鏡を手に最前線で指揮を執っている。ラミレスたちにホワイトハウスに集まるよう指示を下した、陸軍のマーシャル大佐だ。本来ならもっと安全な後方の指揮所で参謀たちと協議の上で作戦を決めるような者が、今まさに銃弾が目の前で飛び交う戦場に乗り込んで、自ら陣頭指揮に当たっている。 「大佐、状況は!?」 「我々は"希望の丘"を前にしているぞ、軍曹!」 フォーリー軍曹が大佐に駆け寄り、状況説明と指示を乞う。マーシャル大佐は興奮しきった様子で、しかし指示自体は冷静に下す。 「ホワイトハウスの電力はまだ生きている! つまり、あそこを奪い返せば司令部と通信が可能になるんだ!」 「もし駄目なら!?」 「海兵隊の通信手によれば、ワシントンは更地にされるそうだ! 空軍による焦土作戦が始まる!」 何だって、正気かよ司令部――分隊長と大佐の会話に聞き耳を立てていたラミレスは、怒りと焦燥が入り混じった視線でホワイトハウスを見る。二階に築かれた陣地から魔力弾の妖しい光が飛び、大地を耕すような勢いで放たれる。右翼に展開する海兵隊が機関銃で制圧を試みているが、敵はホワイトハウスの屋上にあるライトで夜の闇を切り裂き、海兵隊にお返しの銃撃を送って彼らの手を焼かせていた。敵はこちらの姿をはっきりとライトで映し出してしまえるのだ。 否、重要なのはそこではない。ライトが使えると言うことは、ほんの数時間前に発生したあのEMPの影響を受けなかったか、もしくは最小限の被害で済んだということだ。政府機能の中枢というだけあって、電磁パルスを浴びても耐えられるよう設計されていたに違いない。マーシャル大佐の言う通り、ホワイトハウス内にある通信機もおそらく健在であろうから、中央司令部と交信して爆撃中止を要請できる。 それにしても焦土作戦かよ。俺たちはまだ戦ってるんだぞ。中央司令部と連絡がついたら、力の限り罵倒してやる。ラミレスはしかし、そんな怒りも生きていればの話だと思った。今は、進 むしかない。ホワイトハウスを、取り戻す。 「分かったら行け! 軍曹たちは左翼だ!」 大佐の命令が下る。異議を唱える者はいなかった。ここで尻込みしていては、どの道ワシントンは焦土と化してしまう。例えホワイトハウスから激しい銃撃が放たれていようと、生き残るには前に進むしかない。 分隊、前進とフォーリーが例によって前に立った。ラミレスたちも続く。 背後からは続々と増援にやって来た味方がいて、決死の援護射撃を敢行する。それで敵の銃撃は収まらず、かえってホワイトハウスからのライトが浴びせられ、反撃を浴びてしまうが、おかげでラミレスたちに降り注ぐはずだった魔力弾はそちらに集中することになった。この隙を逃してはならない。 分隊にとって幸運だったのは、庭のど真ん中に墜落した友軍のヘリが立ち塞がっていたことだ。もはやローターは全て折れて千切れ、墜落時の衝撃でグシャグシャにひしゃげた機体だったが、敵の魔力弾を防ぐには充分過ぎるほどの盾となっていた。援護射撃が途絶え、ラミレスの足元にも光の弾丸が掠め飛ぶようになりだしたその時、彼はこのヘリの残骸に向かって走り、滑り込むようにして陰に入った。カン、カンと甲高い金属音が鳴り、兵士を狙ったはずの魔力弾は弾き返されていく。このヘリは死してなお、国のために尽くしていた。なんという愛国心、忠誠心。これで前進に合わせて動いてくれれば文句は無かったのだが。 とは言え、逃げ込んだはいいがこの先が問題だった。ホワイトハウスは真正面からは近付けない。厳重に封鎖されており、積み重ねられた障害物を撤去するだけでも相当な時間が食われる。 一番手薄なのは西側、大統領の執務室などが存在するウェストウイングからだが――勇気を振り絞り、残骸から身を乗り出して前進を図った味方の兵士が一人、西側から飛んできた魔力弾を浴びてしまい、悲鳴も上げないまま地面に崩れ落ちた。助けようと同僚らしい兵士が前に出ようと試みるが、途端に忌々しい魔法の弾丸が飛んできて、その動きを止める。 敵も必死。ラミレスは身をもって思い知らされた。EMPは、管理局の魔導師たちの装備にも重大な影響をもたらした。連中にとっての魔法は科学として成立しているものであり、様々な魔法の発動を補助するデバイスと言われる一種の魔法の杖も、電子機器が用いられていることが多い。だから、例えば飛行魔法を使っていた魔導師なども突然電磁波を浴びて、飛行の補助を行っていたデバイスが死ねば、墜落する可能性は充分にある。現に、ラミレスは目の前に落ちてきた魔導師を目撃した。召還魔法で竜を呼び出し、背中に乗っていた魔導師も、通常なら気性が荒くとても飼い慣らせないワイバーンを魔法で制御していた。その魔法の補助を担っていたデバイスが突然死ねば、竜も乗り手も混乱し、墜落してしまう。奴らも追い込まれている。ホワイトハウスに立て篭もる魔導師たちは、ここが陥落すれば行き場を無くすのだ。 「ラミレス、進めないか!?」 「援護射撃はどうなってんです、これじゃ釘付けだ。もっと火力を!」 離れたところにいるフォーリー軍曹からの声が飛ぶが、どうすることも出来ない。機関銃が支援の銃撃を行っているのは知っていたが、ウェストウイングに陣取る敵の攻撃までは抑えてくれなかった。 こうなったらイチかバチか――手に持つM4A1を握りなおす。身を乗り出し、どうか弾が当たらないことを祈って進むしかない。そう思ってヘリの残骸から離れようとしたその時、彼のすぐ隣に二人の兵士が駆け寄ってきた。自分たちと同じようにホワイトハウス奪還のため集まった友軍兵士、名も知らぬ戦友。一人は長銃身のM14を持ち、もう一人はM16A4を持っていた。 「おい、そこの若いの。俺たちが援護してやる」 「"俺たち"? 他にも来るのか」 「いいや、俺たちは俺たちだ――二人だよ。そんな情けない眼をするな。シュガート、やってくれ」 たった二人の援護、と聞かされてラミレスは泣きそうになったが、どうにも様子がおかしい。やって来た二人の兵士のうち一人、シュガートと呼ばれた兵士はM14を構えて、まずはこちらと言わんばかりに、ホワイトハウスの中央、レジデンスと呼ばれる建物の屋上に見えるライトを狙う。先ほどからこのライトが支援してくれる機関銃に浴びせられ、敵の銃撃を助けていたのだ。しかし狙うと言っても、眩い光を発するライトはおおよその位置は掴めても、正確な位置までは捕捉出来ないのではないか。 機関銃の発する連続した銃声、敵のものとも味方のものとも区別がつかない悲鳴と怒号、時折響く爆発音の最中、シュガートの持つM14が、七.六二ミリ弾特有の独特な銃声を放つ。一発、二発、三発。パッとライトの光が消えた。ホワイトハウスの屋上から振りまかれていたあの忌々しい光が。これで援護射撃を行う機関銃が狙われにくくなった。 シュガートはさらに、西側にいる敵にも狙撃を敢行。パン、パンと銃声が鳴り響き、アッと短いが悲鳴が上がる。敵の銃撃が、少しずつであるが、勢いを衰えさせていく。 「ほら、行け。今なら撃たれない」 M16A4を持つ兵士が、ラミレスの肩を叩いて前進を促す。迷っている暇は無い。頷き、彼は駆け出した。目指すはウェストウイング。そこから内部に侵入し、ホワイトハウス内の敵を掃討する。 走り出した若いレンジャー隊員を見送り、残って援護射撃を続ける二人の兵士は、ふと目の前で盾となるヘリの残骸を見る。グシャグシャにひしゃげているが、間違いなく陸軍のUH-60ブラックホーク輸送ヘリだ。 「おいゴートン、またブラックホークだ。モガンディッシュ再来だな」 「言うなよシュガート。お互いろくな思い出ないだろ、あそこは」 「違いない」 ゴートン、と呼ばれた兵士はM16A4をウェストウイングの方向に向ける。射線上に味方がいないのを確認した上で、引き金を引いて銃撃。薬莢が弾き出され、放たれた弾が不運にも狙われた魔導師の一人を射抜いて倒す。 「なぁシュガート、今度は生き残れるかな」 「あぁ、主役にはなれないかもしれんがね」 ウェストウイングに侵入出来たのは、ラミレスの他は分隊長のフォーリー、副官のダン伍長のほか数名のみだった。侵入するまでに出た犠牲が、大きすぎたのだ。 もっとも、それで進軍を止める訳には行かない。大統領の執務室に入った分隊は敵がいないのを確認し、増援を待たずしてさらに前進しようとする。 「ダン、扉を開けろ」 フォーリーの指示が飛ぶ。にも関わらず、ダン伍長は何を思ったのか動かず、普段なら大統領が座っているであろう椅子の背後にある壁、そこにある版画ばかり見ている。よほど物珍しいのか、しかしここは戦場だ。 もちろん、ダンは何も版画が珍しくて立ち止まっていた訳ではない。壁にかかった版画の向こうから、音声が流れ出ているのだ。ラミレスも先ほどから気になっていた。版画が外されると、壁に埋め込まれたスピーカーが姿を見せる。このスピーカーは、どうやら中央司令部からの通信放送を流しているらしい。 ≪――にいる全部隊に告ぐ。D.C.にいる全部隊に告ぐ。ハンマーダウンを実行する。繰り返す、ハンマーダウンを実行する。この通信を聞いた者は政府の重要施設へ向かえ。その屋上で緑色のスモークを焚け。確認後、ハンマーダウンは中止される。繰り返す、D.C.にいる全部隊に告ぐ――≫ 「軍曹、これ聞いてます?」 ダンがとぼけたような声で言う。ハンマーダウン、要するに焦土作戦だ。重要施設の屋上で緑のスモークを焚けば、爆撃は中止されると放送は言っている。重要施設、ラミレスたちはまさにそこにいるではないか。政府の重要施設、それもとびっきり重要な場所に。 「聞いてるから急ぐんだ! 扉を開けろ!」 了解、とダンが扉の前に立つ。鍵がかかっていたが、銃で鍵ごと撃って壊した。扉が開かれ、分隊は一気に進む。妙な気分だ、とラミレスは思った。大統領も歩いていたであろうホワイトハウスの中を、完全武装の姿で進むことになろうとは。出来れば観光旅行で来たかった。 テレビでお馴染みの報道フロアへ到着すれば、出迎えてくれたのはマスコミではなく魔導師たちだった。眩い閃光もカメラのフラッシュではなく、当たれば致命傷になりかねない魔力弾と来ている。 お返しの銃弾を叩き込み、ラミレスたちは壁に身を寄せる。手榴弾のピンを抜いて、スリーカウントしてから投げ込む。今日の報道発表は手榴弾三個。爆発したのを確認し、銃を乱射しながら突っ込んだ。爆風に怯んだ魔導師たちは体制が整う前に攻撃を受け、次々と倒れていく。 報道フロアを抜けて、さらに奥へ。もう一刻の猶予もない。立ち塞がる敵を薙ぎ倒していく。 ≪爆撃まであと二分≫ 「あと二分だ、急げ!」 放送が残り時間を告げて、フォーリーの指示が飛ぶ。とにかく今は屋上へ。しかし、屋内ゆえに入り組んだ地形と敵の必死の防衛網がラミレスたちの前進を阻む。 「伏せろ、陸軍!」 背後で突如、叫び声が聞こえた。振り返ると同時に、ラミレスは地面に己の身体を叩きつけるようにして伏せる。彼が見たのは、やたら大きな筒を構えた兵士が、敵に向かって何か叫んでいるものだった。 白煙が吹き上がり、頭の上を何かが飛んでいったと認識した直後、向こう側で爆発が舞い起きた。同時に、敵の悲鳴も。ただちに立ち上がってみれば、魔導師たちが地形ごと吹き飛ばされていた。 背後からAT-4ロケットランチャーで援護してくれたのは、海兵隊の迷彩服を着た兵士たち。否、海兵隊そのものだった。分隊長の二等軍曹が駆け寄ってきて、「ここは俺たちに任せろ」とフォーリーに言っている。 「敵はここで食い止めてやる、行け」 「頼みます、二等軍曹。ダン、ラミレス、ついて来い!」 言われるまでもない。ラミレスは先を急ぐフォーリーとダンを追いかけようとして、ほんの一瞬立ち止まり、先ほどAT-4をぶっ放し、こいつだけは空軍の迷彩服を着ていた女性兵士に親指を立てた。 言葉を交わす時間は無い。その必要も無かった。幸運を、と親指を立てただけで、女性兵士には伝わった。彼女は一瞬の微笑を浮かべて答えてくれた。 「敵を一人も通すな。ロケット、サントスと一緒に右を固めろ!」 「了解! エイリアンの相手よりは楽ですよ!」 「よし、その意気だ。2-5、退却!?」 『クソ喰らえ!』 背後で交わされる海兵隊員たちの合言葉の、なんと心強いことか。彼らに任せておけば、後ろから敵がやって来ることはない。ラミレスたちは、屋上に向かう。 爆撃まで残り九〇秒、と放送が告げた。 階段が瓦礫で埋まっていたが、レンジャーたちはその瓦礫の上を強引に突き進む。昇りきれば、もうあと一息で屋上に到達出来るところまで進んでいた。 しかし、よりにもよってこんなところで敵は防衛線を構築していた。即席ゆえに時間さえあれば突破は難しくないが、今はその時間が無い。やむを得ない、と判断し、フォーリーとダン、それにラミレスは突撃を敢行する。無論、ただ突っ込むだけではすぐに撃たれてしまうだろう。残った手榴弾とM203グレネードランチャーをありったけ叩き込み、遮蔽物を徹底的に破壊したところで一気に突っ込む。魔導師たちは急激に距離を詰められたことで混乱し、収まらないうちに分隊は銃撃を叩き込む。 一人の魔導師を撃ち倒した時、ラミレスの持つM4A1がカチン、と小さく断末魔を上げた。弾切れだ。空になったマガジンを取り外そうとして、チェストリグのマガジンポーチにもう残弾が残っていな いことに気付く。あとは同じくチェストリグにあるホルスターに収められた、ベレッタM92F拳銃だけだ。 不意に、背後に殺気。振り返ると同時に、弾切れになったM4A1の銃身を前に突き出した。ガッと衝撃が走り、かろうじて体勢を崩さず済んだ。生き残った魔導師の一人が、デバイスで殴りかかって来たのだ。敵の目は血走っており、相当興奮しているのが見て取れた。 拳銃を抜こうとした矢先に、もう一撃が振り下ろされる。再びM4A1で受け止めたが、今度は衝撃を受けきれず、ラミレスは無様に転んでしまう。M4A1も弾き飛ばされてしまった。好機と見たのか、魔導師はデバイスを槍のように突き立て、迫ってくる。こいつは何か言っていた。家族の仇だ、アメリカ人め。 倒れた姿勢のまま、兵士は突っ込んでくる魔導師に向けてM92Fを抜いた。照準もままならないまま、銃口だけを魔導師に向けて、右手だけで撃つ。手のひらに反動が走り、薬莢が弾き出され、放たれた銃弾が敵に吸い込まれていく。間一髪、ラミレスを殺そうとデバイスを突き立ててきた魔導師は、寸前で返り討ちにあった。 家族の仇だと――倒れ込んできた敵の死体を押しのけて、彼は言い様のない怒りに囚われた。お前らが仕掛けてきた戦争だろうが。ふざけやがって。お前らのせいで何人死んだと思ってる。 「爆撃まであと三〇秒だ! 屋上に上がれ、行け行け行け!」 先に進んだフォーリーの声が聞こえて、ラミレスは怒りの炎をそのままに駆け出した。階段を昇り、走りながらチェストリグの腰の方にあるパックから、緑色の発炎筒を持ち出す。 大勢死んだ。この戦争で、何人も何十人も、何百人も何千人も、もしかしたら何万人も。多くの人が家を失い、家族を失い、友を失った。それなのに、家族の仇だと? ふざけてる。管理局の奴ら、ふざけている。被害者面もいい加減にしろ。家族を、友を失ったのは、俺たちだってそうだ。他ならぬ、管理局の手で。アレン先輩も、帰ってこないんだ。 身体は疲れきっていた。通常なら、もう一歩も歩けないほどだ。にも関わらず、ラミレスは走った。怒りが、彼の原動力だった。 屋上に辿り着く。星条旗が風に翻っていた。先に到着していたダンとフォーリーは、すでに発炎筒を焚いて力一杯、緑色の煙を火災で紅く照らし出された夜の空に見せつけようとしている。ラミレスも同じように、発炎筒を焚いた。緑色の煙が、ホワイトハウスの屋上に流れていく。 ≪ホワイトハウス上空にグリーン・スモークを視認、グリーン・スモークを視認!≫ ≪攻撃中止、攻撃中止。ワシントン防衛部隊はまだ健在だ。繰り返す、攻撃中止!≫ 聞こえるはずの無い、爆撃機のパイロットと中央司令部の交信が耳に入ったような気がする。はるか空の向こうから黒い塊のようなものが急接近してきて、味方の戦闘機だと気付く。F-15Eストライク・イーグル、空軍の戦闘爆撃機。そのF-15Eが、ホワイトハウスの真上を通過していった。一発の爆弾も、投下することなく。 終わった。ホワイトハウスを奪還し、爆撃は中止された。ワシントンは防衛された。ひとまずは、だが。 「それで――」 役目を終えた発炎筒を投げ捨てて、ダンが口を開く。 「俺たちはいつクラナガンに行くんですかね」 ダンの眼が、憎しみに染まっている。クラナガンとは、ミッドチルダの首都だ。そのミッドチルダは時空管理局のお膝元であり、実質的にクラナガンは管理局にとっての首都であると言ってもいい。 自分たちの祖国を、これだけ滅茶苦茶にされたのだ。報復は、当然だ。 「その時は、滅茶苦茶にしてやる」 ラミレスは、天に向かって言い放つ。彼の眼もまた、憎しみの炎に染まっていた。否、ひょっとすれば、その炎は誰よりも強いものだったのかもしれない。 「その時が来たらだ、その時が来たら」 フォーリーの戒めの言葉も、今の彼には届かなかった。 戻る 次へ
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ほんの数年前、彼はまだ新米だった。 もちろん、厳しい選抜試験を突破して着任してきたのだから、本当に何も出来ない新米ということはなかった。イギリス陸軍特殊部隊、通称"SAS"に配属されたことが、彼の能力を物語っていた。 それでも実戦経験が無いという意味では、やはり彼はまだ垢抜けきらない新兵であり、未熟さゆえのミスもあった。それが元で死に掛けたこともあり、上官が助けてくれなければ今の自分はあり得なかっただろう。 やがて月日が経って、彼は新米を卒業し、大尉にまで昇進した。指揮官となり、部下を持つようになった。最初のうちはそれが実感出来なかった。俺が上官の立場になるなんて、あの頃は考えもしなかった、と。しかし、目の前の状況は彼にいつまでも新兵であることを許さず、生きたくば成長せよ、指揮官となれと命じてきた。 部下に命令を下す、というのは想像以上に辛いことだった。自分の命令一つで、彼らは死ぬ可能性だって充分にある。あるいは、最初からそうしろと言わざるを得ないこともあるかもしれない。死んで来い、と。 だからこそ、彼は自分に出来た部下がかわいくてしょうがなかった。彼らは俺に命を預けてくれている。ならばそれに応えるのが役目であり、そして部下たちは命令を忠実にこなしてきた。ここに来てようやく、彼は胸を張って言えるようになった。俺は指揮官である、俺は上官である、と。 その大事な部下たちが、裏切りによって死んだと聞かされた時、彼は何を思っただろうか。どう思っただろうか。 答えは彼だけが知っている。マクダヴィッシュ大尉、かつての"ソープ"だけが。 Call of lyrical Modern Warfare 2 第17話 The Enemy of My Enemy / 二つの線 SIDE Task Force141 六日目 1603 アフガニスタン カンダハル南西160マイル 第四三七廃機場 ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉 「ティーダ! ゴースト! ゴースト! 聞こえないのか!? Task Force141、誰か応答しろ!」 誰でもいい。せめて誰か一人、応答してくれ。生き残っていてくれ。誰か。通信機に向かって怒鳴る自分の声に悲壮さが帯びてきていることなど、ソープが気付くはずもない。 退役した航空機が最後に辿り着く場所、墓場、スクラップヤードのど真ん中に彼はいた。敵に追われて、ここに逃げ込んだのだ――"敵"とは誰だ。もう判断がつかない。マカロフの率いる超国家主義者たちの奴らも、シェパードが指揮下に置く私兵部隊も。何もかも敵だった。 二箇所あるマカロフの隠れ家のうち片方であるアフガニスタンに辿り着いたソープたちだったが、そこにマカロフはいなかった。代わって現れたのが、シェパードが掌握している民間軍事会社"シャドー・カンパニー"の傭兵部隊だった。彼らは味方であるはずのソープたちを狙い、追ってきた。共に行動していた部下たちは次々と倒れ死んでいき、残ったのはどこかではぐれてしまったプライスと他数人となっていた。そして、今は一人だった。 通信回線は沈黙したままだった。誰も応答しようとしない。ティーダも、ゴーストも、ローチも、みんな。 くそ、と吐き捨て、ソープは拳を辺りに放置してあった航空機の残骸に叩き付けた。ガン、と硬い肉がジェラルミンの肌を叩いて金属音を響かせる。それで彼の怒りが消えるはずもない。 ≪彼らは死んだよ、ソープ。シェパードは隠れ家で証拠隠滅の真っ最中だろう≫ それまで沈黙を保っていた通信機に声が入る。信頼出来る――この状況においてはただ一人だけの、信頼出来る上官――プライス大尉のものだった。 「……シェパードが裏切りやがった!」 ≪裏切られるのが嫌なら、誰も信用せんことだ。俺のようにな≫ 仲間が死んだ。それも、味方だったはずの者の手で。そのはずなのに、プライスの声は淡々としていて、まるで他人事のようですらあった。 しかしそれは違うと、ソープは断言する。彼が信じる上官は、決してそのような冷血な男ではない。身を危険に晒してでも民間人を助けるし、脱出するヘリに飛び乗った時、滑って落ちかけた自分の手を掴んで放さなかったのもプライスだった。 冷静になれ、彼のように。怒りに呑まれるな――自らに言い聞かせた後、ソープは武器の確認を行う。短機関銃のMP5Kに、サイレンサー装着のM14EBR。手榴弾とフラッシュバンが数個。これでシェパードたちの私兵の追撃を振り切れるか。 ≪ニコライ、こっちの位置が分かるか≫ どうやらプライスは古馴染みの戦友と連絡を取っていたらしい。ニコライはかつて彼らが助けた諜報員の一人で、今は民間軍事会社の経営を行っている。つい先日、ブラジルで回収 のヘリを出してくれたのも彼だった。 ≪ああ、分かっている。しかし、そっちに向かっているのは俺だけじゃないぞ≫ まるでニコライの言葉とタイミングを合わせたように、ソープの聴覚は突然のロシア語を掠め取った。 ただちに物陰に身を隠して様子を伺えば、ジープやトラック、果ては装甲車までもが続々とこの航空機の墓場に現れ、武装した兵士たちが下りて来る。 彼らの不揃いな装備は正規軍ではないことを示していたが、同時に統率された動きはただのゲリラではないことも示していた。訓練を受けているに違いないが、正規軍ではない。とすると、超国家主義者たちか。 ≪シェパードの部隊と、マカロフの部隊だ≫ ≪一度に相手するには戦力不足だな……ニコライ、何で回収に来るんだ≫ ≪中古のC-130だ。チャフとフレアは満載してきたが、あいにく一〇五ミリ砲も四〇ミリ機関砲も搭載してない。あれは高くてAC-130化するには予算が……≫ 「それとも潰し合わせるか、だな」 ニコライとプライス、二人の会話にソープが割り込んだ。シェパードにとってTask Force141は『真実を知る者』として一刻も早く消してしまいたいだろうが、超国家主義者たちも敵であることには変わらない。超国家主義者たちにとっても同様であり、この廃機場は三つ巴の様相を表していた。 ≪ともかく向こうで落ち合おう、戦友≫ ロシア語訛りの英語で告げられて、ソープはふと思う。戦友、か。ここにクロノやジャクソンがいれば、どれだけ心強かっただろうか。 MP5Kのスリングを肩に引っ掛けて背中の方に回し、M14EBRを構える。目的地はこの先にある滑走路だ。そこまで行けば、ニコライのC-130が着陸して回収してくれる。 ゴースト、ローチ、ティーダ。お前らの仇は俺が取る。決意も新たに、ソープは駆け出した。 無造作に積み重ねられ、放置された様々な航空機の残骸の間を抜けて、ソープは進む。 彼はギリースーツを着ていたが、緑のカモフラージュ装備はここではかえって目立ってしまう。敵が来れば隠れ、まずは様子を伺う。敵とはこの場合、プライスと他に数名生き残っていると思われるTask Force141の隊員以外の者だ。 M14EBRを構えて進む彼の視界に、黒尽くめの兵士たちの姿が走る。即座に身を屈め、手近にあった旅客機の座席に隠れる。 兵士たちの装備はアサルトライフルのACRやSCAR-H、UMPなど西側のもののようだ。ソープが持つM14EBRもMP5Kも西側だが、銃は同じ陣営のものでも持ち主は敵同士だった。おそらくはシェパードの私兵部隊だろう。 敵兵たちは周囲を警戒しつつ、その場に居座る構えを見せた。参ったな、とソープは顔を曇らせる。ここを突破しなければ、ニコライの降りて来る滑走路に向かえない。狙って撃つのは簡単だが、一人殺せば残りの者がこちらに殺到するだろう。 こういう時にクロノがいれば楽なんだが――今は行方知らずの魔導師の姿が脳裏をよぎる。 その直後、私兵部隊に動きがあった。ソープが潜む場所とはまったく異なる方向に向けて何か指を指し、銃口を向けている。何事かと見守れば、目の前で突如、銃撃戦が始まった。視線を走らせると、超国家主義者たちが続々と集まり、シェパードの私兵部隊に襲い掛かっている。私兵部隊も応戦し、周囲は銃声と怒号で埋め尽くされていった。 チャンスだな、と彼は行動を開始した。身体を低くし、銃を油断無く構えたまま、しかしゆっくりと動き出す。放置されているコンテナの裏に回って、私兵部隊と超国家主義者たちが撃ち合っている隙に進んでしまう魂胆だった。 立ち止まり、角の向こうの様子を伺う。まだ動こうとしない黒尽くめの兵士がいた。数は二人、こちらに気付いた様子は無い。警戒にでも就いているのだろうが、おかげでその先に進もうと思っても進めない。 M14EBRのスコープを覗き込み、ソープは息を吸い、吐き出さず止める。引き金にかけた指に力を込めれば、小さな機械音が鳴って、肩に当てた銃床に反動があった。放たれた銃弾が、道を塞いでいた敵兵の頭部を貫く。 いきなり隣にいた相棒が撃ち倒されたことで狼狽したもう一人にも、間髪入れずに銃弾を叩き込む。悲鳴は銃声に掻き消されただろうから、敵が駆けつけてくることはあるまい。 ≪ソープ、出来るだけ奴らに殺し合わせろ。弾を無駄にするな≫ 言われずともやっているところだ。プライスからの通信に、ソープは沈黙で応じた。答えを返さないのが、了解を意味するところだった。 しかし、プライスは思いもよらぬことを口にする。 ≪敵の通信機を奪った。俺はこれからマカロフと交信を試みる≫ 「……なんだって? プライス、何を考えているんだ」 ≪マカロフ、聞こえるか。プライスだ≫ 本当に何をする気なんだ。信頼出来る上官を今更疑うつもりはないが、それゆえにプライスの行動の目的が彼にはさっぱり読み取れない。 敵兵同士の銃撃戦を尻目に先を急ぐ傍ら、ソープは片耳に入れた通信機のイヤホンにも神経を尖らせていた。 ≪シェパードは今や英雄だ、全軍の指揮権を手に入れた。お前の作戦計画もな。シェパードの情報を寄越せ、片付けてやる≫ 作戦計画、おそらくローチたちが襲撃した隠れ家で得た情報に違いない。マカロフ自身は直前で危機を察知して逃げ出しもぬけの殻だったが、シェパードにとってはどうでもよいことだったに違いない。マカロフの情報がそこにあるのは知っていただろうし、Task Force141の"処分"の方が重要だったはずだ。 しかしプライス、マカロフと共闘する気か。あの狂犬と。 ≪聞いているんだろう、マカロフ。このままではお前の命は一週間と持たんはずだ≫ 応答は来ない。いくらマカロフにとってもシェパードは敵とは言え、ムシがよすぎる話だったか。 次の瞬間、ソープは己の考えが誤りだったことに気付く。 ≪貴様の命もな≫ ――応答しやがった、マカロフだ。 ≪マカロフ、こんな諺を知っているか? "敵の敵は味方"だ。違うか?≫ ≪プライス、いつかその考えが諸刃の剣だということに気付くはずだ――シェパードなら"ホテル・ブラボー"だ。貴様にはそれがどこか、分かるな≫ ≪充分だ≫ ≪では、地獄で会おう≫ ≪ああ。先に行ったらザカエフによろしく言っておけ≫ 通信は、切れた。あの狂犬は、シェパードを倒すのを手伝ったことになる。 ホテル・ブラボーなる地点がどこを指すのかソープには分からないが、プライスはそれを知っている様子だった。今は彼を信じるしかない。 ≪ソープ、急げ! 西の滑走路だ!≫ 「分かってる、急かすな!」 銃撃戦を潜り抜けて、ソープはさらに前へと進む。 SIDE 時空管理局 機動六課準備室 六日目 時刻 1605 地球 アフガニスタン上空高度一〇万メートル 次元航行艦『アースラ』 ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 核爆発によって壊滅的な被害を受けた地球侵攻の次元航行艦隊の救援は、ひとまず一旦の終わりを見せた。 正確には、『アースラ』が収容できる負傷者の数が限界に達したのだ。シャマルや医療スタッフたちの懸命な治療のおかげで、重傷者もとりあえず命だけは助かることが判明している。 やれるだけのことはやった。それでも『アースラ』の乗組員たちが後ろ髪を引かれる思いだったのは、依然として救援を求める声が多数存在したからだ。ジャクソンもその辺りの事情はよく知っている。艦橋に上がった際、まだ地球の衛星軌道上に救難信号が多数発せられているのがモニターで見えたのだ。それを見て、この艦の指揮官が出来ることなら今すぐにでも助けに行きたいという思いを顔に隠し切れていないことも。 しかし『アースラ』は救援活動を終了させた。負傷者はこれ以上収容出来ないし、何よりも彼らには先にやるべきことがあった。残った救難信号はミスターRとミスRという支援者に任せた。そうするしかなかった。さもなければ、この戦争は本当にいつまでも続くだろう。 「エイミィ、どうだ」 艦橋にて、クロノが通信端末のキーボードを叩いていた艦の主任オペレーター、エイミィに状況を尋ねる。彼らは今、この戦争の元凶である超国家主義者マカロフを追う特殊部隊"Task Force141"とのコンタクトを試みようとしていた。 「とりあえず通信傍受でそのTask Force141って部隊がアフガニスタン付近にいるっていうのは間違いないみたい。でも、なんか様子が変なんだよね」 「変、とは?」 地球上のありとあらゆる通信を傍受し、デジタル暗号化も解除して丸裸にしてしまえたのは、エイミィが優秀なオペレーターであるからに他ならない。そこからさらに膨大な量に上る通信文の中から"Task Force141"という単語を検索にかけておおまかな居場所を突き止めるに至ったのだが、彼女の顔は浮かない様子だ。 「例えばこの通信。国防総省(ペンタゴン)から発せられてるんだけど」 状況を分かりやすく伝えるため、彼女はレーダー情報などを投影する大型スクリーンに傍受した通信文を映し出す。 自分の国の国防総省の機密通信をあたかも簡単に見せ付けられて、ジャクソンは複雑な心境に陥ったが、通信文を読むにつれて、彼を含めた艦橋に集まっていた機動六課準備室のメンバーの表情が疑念を宿していく。 「シャドー・カンパニーへ命令。Task Force141所属隊員の……捕縛、もしくは殺害命令?」 声に出して読み出したがゆえ、自然に皆を代表して最後まで読むことになったギャズが、読み終わるなりジャクソンに視線を向けた。元海兵隊員ではあったが、しかしジャクソンがこの命令が何であるのかなど、知る由も無い。 「なんかやっちまったんじゃないか、その141とかいう部隊は。例えば、ありがちだが……」 「知っちゃいけないものを知った?」 それだ、とヴィータの言葉に相槌を打つのはグリッグだ。しかし141は地球の西側諸国でも精鋭ばかりを引き抜いた最強の特殊部隊ということが判明している。いったい彼らに何があったのだろう。 「そもそもシャドー・カンパニーとは何だ、米軍か?」 「いや、違うな。確かPMCsだ」 シグナムの発した疑問の声に応えたジャクソンは、記憶の中からシャドー・カンパニーという企業についての情報を引き出す。 そもそもPMCsとは、近年になって急速に拡大していく民間軍事会社のことだ。新しい傭兵のスタイルとも言うべき市場で、依頼に応じて自社に所属する戦闘員を派遣し、任務を実行させる。国軍の派遣は国際社会からの批判を招きやすく、さらに冷戦終結や経済情勢悪化に伴う軍の縮小傾向も手伝って、あくまでも民間から派遣されてきた者という体裁で軍の任務を肩代わりしている。 シャドー・カンパニーとは米国内にて創業したPMCsであり、特に元米軍兵士が多く所属することで有名な企業だった。 「民間軍事会社に、軍の特殊部隊の捕縛か殺害の命令……」 「おかしいはずだ。この命令が141に追われているマカロフが発したものならまだ分かるが、発信場所はアメリカの国防総省だ……エイミィ、偽装の可能性は」 「ゼロとは言い切れないけど。でも『アースラ』の通信傍受や発信場所特定を騙せるなんて、私がいっぱいいても無理」 さり気に自画自賛するオペレーターの意見の一番大事な部分だけ聞き取り、クロノが「そういうことだ」と皆に視線を向ける。ひとまず、機動六課準備室の面子全員がこの異常事態を認識した。 「発信場所は分かったとして……発信者は具体的には分からない?」 「ちょっと待って。ここだけ暗号レベルが段違いで……あぁもう、手こずらせるなぁ」 フェイトの問いかけに、エイミィは苦々しい表情を隠しもせずにキーボードに向かう。指がキーを高速で叩くが、通信文に表示されるであろう発信者の部分は暗号化されたままで、読み取ることが出来ない。 ちょうどその時、別のオペレーターが『アースラ』宛てに通信が届いたという報告を知らせてきた。本来の艦長席に収まったクロノがこちらの端末に回してくれるよう頼む。 通信の送り主は、『ミスターR&ミスR』とあった――あぁ、と突然、クロノ以外の機動六課準備室の面子全員が納得した様子を見せて、『アースラ』艦長は当惑する。彼はまだミスターRとミスRが何者なのか、知らせれていなかった。 「何だ、みんな知っているのか」 「ミスターの方もミスの方も知ってるはずだぜ。特にミスRはお前のことをよくご存知だ」 何を言っているのか分からない、といった表情のミスRの息子を放っておいて、ジャクソンを含め全員が通信文を読んだ。 読んでいくうちに、自分たちの表情が息を呑むものになっていくことを、誰も気付かなかった。もたらされた情報は、それほどにまで重大にして重要なものだった。 ミスターRとミスRからの通信。そこには、この事件の首謀者の名が二名記されていた。片方はウラジミール・マカロフ。もう片方は―― SIDE Task Force141 六日目 1622 アフガニスタン カンダハル南西160マイル 第四三七廃機場 ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉 銃撃戦を掻い潜り、必要なら容赦なく弾を叩き込み、超国家主義者たちとシェパードの私兵の両方に追われながら、ソープは滑走路まであと直線距離で二百メートルの位置にまで迫っていた。 打ち捨てられて胴体だけになった輸送機か旅客機か、とにかく航空機の残骸の中を突き進んで近道を図る。滑走路までスクラップの山を一つ乗り越えれば、というところに来て、頭上を重い爆音が駆け抜けていった。来た、ニコライのC-130だ。 国籍標識のない翼を見て敵と判断されたのか、地上からは激しく対空砲火が撃ち上げられる。時折白煙が昇り、スレスレのところでC-130は回避。ミサイルにも狙われているらしい。 マカロフの手下が撃ったのか、シェパードが撃ったものなのかは判別出来ない。いずれにしても、このままではニコライが危険だ。 ≪プライス、上空に到着した。どうやら地面は制圧できなかったようだな、熱烈に歓迎されてる。ソビエト時代のアフガン侵攻並みだ≫ 通信機に飛び込むC-130のロシア語訛りな声は、あくまで余裕そうではあった。 その余裕とは対照的に、C-130が尾部から大量のフレアをばら撒く。赤外線誘導のミサイルを幻惑させる赤い火の玉は、まるで天使の羽のようですらあった。そう、まさに天使。天使はソープとプライスを助けに来たのだ。 天使とダンスと行きたいところだったが、残骸の中からソープは、ちょうど左右に分かれる形で超国家主義者たちとシェパードの私兵部隊が銃撃戦を開始するのを目撃した。こいつらを排除せねば、先には進めまい。 ≪ニコライ、つべこべ言わずに機を下ろせ! ソープ、こっちは車を見つけた! そっちに向かう!≫ 「了解、了解! 早めに来てくれ!」 プライスの怒鳴り声が通信機に繋がったイヤホンに飛び込み、負けじと怒鳴り返す。 M14EBRを構え、スコープに捉えた敵を――超国家主義者もシェパードの私兵も、今はどちらも敵だ――撃つ。あらぬ方向から撃たれた敵兵はいともたやすく倒れていくが、そのうちこの狙撃は今目の前で対峙している敵ではなく、第三者によるものだと気付く。たちまち位置がバレて、ソープが身を隠す航空機の残骸に銃撃が集中し始めた。 くそ、と吐き捨ててM14EBRを乱射。まだ予備のマガジンはチェストリグのポーチに入ってはいたが、いちいち狙撃などしていられない。今入っているマガジンの弾を撃ち尽くすと、即座に背中の方に回していたMP5Kに切り替えた。狙撃仕様のM14に比べれば、取り回しははるかに良い。 思い切って残骸から飛び出し、まさかギリースーツを着た兵士が飛び出てくるとは考えもしなかったマカロフの手下一行に向けて、引き金を引く。パラララ、と軽い銃声と共に薬莢が弾け飛び、放たれた弾丸が超国家主義者たちに降り注ぐ。何名かが悲鳴を上げて倒れ、残った敵も怯んだ。 今のうちに走り抜けてしまえ――その目論見が、即座に潰えようとした。ヒュ、と何かが眼前を横切り、すんでのところでかわす。黒尽くめの兵士が、ソープの前にナイフ片手に立ち塞がっていた。今度はシェパードの私兵だ。MP5Kの銃口を突きつけようとして、銃身が敵の右足で払いのけられた。引き金を引く指は動作中止の命令を聞かず、あらぬ方向に向かって銃弾を乱射。一発も目の前の敵に当たることなく、MP5Kは息絶えた。 「っ!」 「このっ」 振り下ろされるナイフを持つ敵の右腕を、強引に左手で掴んで押し止める。そのまま右手を敵兵の左足に伸ばし、レッグホルスターに収まっていた拳銃を引き抜き、奪い取った。銃口を零距離で押し付け、一発撃つ。ウッ、と短い断末魔が上がり、ソープが左手で掴む敵の右腕から力が抜けた。 生死の確認をする間もなく、彼は走った。奪った拳銃はファイブセブンだった。そのまま頂いていく。 航空機の残骸の最中を駆け抜け、道路に出た。その中央で、ジープが一両エンジンを回したまま止まっている。後部座席で銃を乱射しているブッシュハットの男に、見覚えはあった。 プライスだ。運転手はオーストラリアSAS出身のロック伍長。精鋭部隊Task Fore141は、ソープを外せばもう彼らだけになっていた。 「ソープ、乗れ!」 言われるまでもない。周囲は敵だらけだ。超国家主義者たちのものか、シェパードの私兵部隊のものか、どちらが撃ったのか分からない銃弾の雨の中を突っ走り、ソープはジープの助手席に乗った。 ロックからアサルトライフルのACRを受け取り、プライスと共に見える敵に向かって弾をばら撒く。ジープが発進したのはそれとほとんど同時だった。 ≪プライス、あと一分で離陸する。乗りたいなら急げ!≫ 「分かってる! ロック、飛ばせ!」 運転手も必死の様子でハンドルを握り、アクセルを踏んでいた。ジープは砂煙を上げながら加速する。 無論、敵も必死なのは同じことだ。滑走路に下りたC-130と、ソープたちが目指す先が滑走路であるという情報が一致したからには、全力で脱出を阻止してくる。現に今、ジープの前には荷台に兵士を乗せたトラックが続々と集まっていた。 ありったけの銃弾を叩き込み、敵兵たちの妨害を切り抜ける。トラックで併走してくる敵の車両には、運転席に弾を撃ち込んだ。 ガッ、とジープの車体に衝撃があった。振り向けば、敵がトラックを横付けしてきている。荷台にいる敵兵と眼が合う距離だった。銃口が突きつけられる。ソープはACRの銃口を負けじと突きつけ返し、これにプライスも加わった。交差する銃弾。被弾しないのが不思議なほどの距離で、お互いに一斉に撃ち合う。マガジンの弾が尽きたところで、ソープは先ほど敵から奪ったファイブセブンを持ち出し、荷台ではなく、トラックのタイヤに全弾を叩き込んだ。 銃撃されたタイヤはたちまちバーストし、それにも関わらず運転手がアクセルを踏み続けたことで、車体が大きくひっくり返った。荷台の兵士たちが宙に放り投げられて、視界の向こうへと吹き飛んでいった。 ジープは滑走路に辿り着き、一度横断して強引にブレーキをかけて止まった。目の前には、今まさにすでに離陸滑走に入りつつあったC-130の姿が。これでも一分はとうに過ぎていた。ニコライはギリギリまで待ってくれていたのだ。 「ニコライ、ランプを下ろせ! 直接乗り込む!」 プライスの指示に、ニコライからの応答はなかった。代わって、C-130のカーゴドアが開いた。滑走しながらのため、アスファルトの地面に火花が散っている。その様はニコライの早く乗れ、という意思を表しているかのようだった。 無茶苦茶だ、と運転手がぼやき、しかしアクセルを踏んで再びジープを発進させる。プライスの言った通り、C-130のカーゴに直接乗り込むのだ。 と、その時、滑走路の向こうから複数のトラックが姿を現した。しつこい敵は、諦めようとしなかった。再びジープに体当たりする勢いで近付き、横付けして銃撃してくる。プライスが応戦して黙らせるが、放たれた一発の銃弾が、ジープの運転手の胸を貫いた。 血しぶきが飛び、ソープは顔面に血を浴びる。助け起こそうとしたが、運転手はすでに事切れていた。 「ロックがやられた! ソープ、ハンドルを握れ! アクセルはまだ踏まれている!」 そうだ、とプライスの声で彼は気付いた。運転手はついに死んだが、彼の意思はまだ生きていた。死してなおベタ踏みされたアクセルがそれだ。ハンドルを横から手に取り、巧みに操ってジープの進路をC-130の開かれたカーゴに向ける。 最後に強引に割り込もうとした敵のトラックを弾き飛ばして、二人を乗せたジープはついにC-130へと飛び込んだ。 「それで、どうするんだ。これから」 空へと逃れたC-130の機内で、ソープはプライスに問う。 もはや、Task Force141は彼ら二人だけになった。その指揮官たるシェパード将軍は裏切りにより彼らの敵となった。あまりにも強大な敵だ。彼は今、米軍全体の指揮権すら得ている。 唯一、"ホテル・ブラボー"なる場所にいるということだけは分かったが、行ってどうする。こちらには銃が一丁、あちらには千丁だ。まともに挑んで勝ち目があるとは思えない。 「決まっているだろう。奴を倒す」 にも関わらず、プライスの眼は死んでいなかった。復讐の炎で胸を焦がしている訳でも、自暴自棄に至っている訳でもない。そうすることが、今の自分の成すべきことだと信じて疑わない眼だった。 強いな、じいさんは――素直に、ソープはこの屈強な老兵を羨ましく思う。自分は部下を失った。彼のように、自分が成すべきことをただ成すという強い信念は持てない。せめてどうか一人、一人でも良いから誰かが生き残ってくれていれば。 「二人とも、通信が入っているぞ。懐かしい奴からだ」 操縦を部下に代わってもらっていたニコライが、カーゴにいた二人を通信士の座席に呼んだ。言われるがまま、プライスは何でもないようにスッと、ソープは重い腰を上げるようにして立ち上がった。 ヘッドホンを受け取って装着し、そこでソープはニコライの言う「懐かしい奴らだ」という言葉の意味を理解した。 ≪こちら次元航行艦『アースラ』のクロノ・ハラオウンだ。Task Force141、聞こえるか≫ 「……ああ、聞こえている。クロノか? ソープだ」 通信機の放つ電波の向こうで、一瞬の沈黙が舞い降りる。驚いているのだろう。ソープ自身も、驚いていた。何故、彼が通信を今ここで寄越してきた。 ようやく、二つの線は絡み合う。Task Force141、機動六課準備室という二つの線が。 線の目指す場所は、どちらも一致していた。 戻る 次へ
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SIDE 時空管理局 二日目 時刻 0715 第三三五管理世界 フェニックス前線基地 クロノ・ハラオウン執務官 砂漠の早朝は、驚くほどに冷え込んだ。気候の安定した故郷のミッドチルダや、空調の効いた次元航行艦と比べると、改めてここは最果ての地なのだなと実感する。 とは言え、屋内にいれば寒気など別の世界の出来事だ。寝起きの脳はエアコンからの暖かい、それでいて気候に悪影響を与えることのない空気を受けて、またウトウトと眠りにつこうとする。 コーヒーを一杯飲んで眠気覚まし、そこから書類を見ながらカロリーブロックで朝食。クロノ・ハラオウンの一日の始まりは、異世界においても一緒だった。忙しい身分ゆえに、仕事と食事は平行 して行うことがしばしばあるのだ。 彼が目を通すのは、昨日行われた米軍、管理局の合同部隊の救出作戦の報告書。紛争の絶えない管理世界を偵察していたところ、管理局に反発する現地武装勢力に襲撃させられ、孤立。ただちに米 軍は救援部隊を送り込んで、孤立部隊を救出したと言う一連の流れが、細部に渡ってまとめられていた。 紙媒体じゃなくてこっちならもっと早いのだが――報告書を読み通していく思考とはまた別に、脳裏でふとした雑念。こっち、とはすなわち魔法のことだ。ブラウン管でも液晶でもない、文字通り 魔法のクリアなディスプレイは電源要らず、どこにでも展開できる。にも関わらず報告書が紙なのは、魔力資質を持たない米軍兵士と都合を合わせるためだった。 コンコン、とその時である。扉がノックされて、その魔力資質を持たない者が現れた。装具や銃こそないが、米海兵隊の迷彩服を着た屈強そうな兵士。襟元には曹長の階級章。ポール・ジャクソン 在ミッドチルダ米軍連絡官が、よぉ、と気さくな朝の挨拶と共にやって来たのだ。 「朝からご苦労様だな。どうだ、陸軍(アーミー)の連中の手並みは」 「報告書を読む限りでは、上等なものだと思う。あの中将が自ら最前線に立ったのはどうかと思うけど」 あぁ、とクロノの言葉を受けて、ジャクソンは苦笑い。将軍はそういう人さ、と答えながら、部屋にあったコーヒーポットを少しばかり拝借。紙コップに注いで、湯気の上る熱いコーヒーをグビリ と一杯。 「このシェパード将軍か。優秀な兵士を引き抜いて、独立部隊を作ろうとしてるのは」 「Task Froce141」 「――何だって?」 「あの将軍が作ろうとしてる部隊の名さ。混成部隊(タスク・フォース)。その名の通りうちの陸軍(アーミー)、海軍(ネイビー)、海兵隊(マリーン)、イギリスのSAS、管理局の魔導師。国境どころか 世界すら跨いだ史上最強の特殊部隊」 なるほど、確かに最強と呼ぶに値するかもしれない。ジャクソンの解説を受けて、クロノは納得。同時に、ふと妙な既視感のようなものを覚えてしまう。各方面から精鋭を引き抜いて編成された独 立部隊。どこかで似たようなものを、聞いたような気がした。 脳裏の奥に探りを入れて、それが表面化した時、ふっと彼は唐突に笑う。そうか、確かに『彼女』が似たような部隊を編成しようと張り切っていたな。 いきなり笑みを浮かべた戦友に、ジャクソンは怪訝な表情。どうしたよ、と尋ねると、いいや、と前置きして問われた青年は答えだす。 「最近、管理局(うち)の方でもそんな部隊を作ろうって話がある部署から上がって来てね。僕も計画立案にいくらか携わってるんだ。メインはあくまで向こうだけど」 「何だと、そりゃ初耳だな――なんだ、何がおかしい、ん?」 コーヒー片手に、人の顔をニヤニヤと見られたら誰だってジャクソンのような反応を起こすだろう。クロノはしかし、明確な回答を避けた。暗に思わせぶりな答えしか寄越さない。 「いや、何。君もよく知ってる人だよ、立案者は。と言うか、その様子だと何も聞かされてないんだね」 「おいおい、もったいぶるなよ――まぁ、いい。それよりもだ」 がらりと、海兵隊員の持つ雰囲気が変わる。声色こそ変わらず、挙動も変化なし。だが、クロノは彼の持つこの雰囲気を知っていた。身近にさえ感じたことだってある。 すなわち、戦場の空気。死線を共に潜り抜けてきた戦友は、銃を手に敵と対峙している時の持つピンと張り詰めた匂いを漂わせていた。ここから先はおふざけなし、真面目で、ともすれば生死に関 わる話、と言う訳だ。 ジャクソンは、クロノが持つそれとは別の報告書を何枚か持参してきていた。今朝方、参謀本部から届いたものだと解説をつけて手渡す。 「第三三五管理世界の武装勢力より鹵獲した、武器装備の調査報告?」 「知っての通り、奴らは地球から密輸したらしいロシア製の銃火器を多用している。出所を探ったのさ」 なるほど、米軍にしてみれば自分たちの世界にしか存在しない武器を敵が持っているのだ。当初は粗悪なコピーかと思われていたが、実際に鹵獲された武器弾薬を調査すると、地球で製造されたも のであることが判明する。彼らが持つ報告書は、その続報と言ったところだ。 しばらく報告書を読み、そしてクロノが顔を上げた。まさか、と疑いの意味を込めての視線。しかし、戦友は首を横に振って否定。間違いないとも付け加えさえした。 「武器の売買に、超国家主義者たちが関与している。こんな馬鹿な話があるか、僕は確かに――」 「ああ、俺もあの場にいたからな。超国家主義者のリーダー、イムラン・ザカエフはお前に撃たれて死んだ。綺麗に頭をぶち抜かれて」 だったらどうして。当時、まだ少年だった執務官は口に出さずともそう言いたげな様子が見て取れた。手のひらに甦るM1911A1の反動、放った銃弾は間違いなくザカエフを仕留めていた。 「超国家主義者にも、いろいろ派閥があるそうだ」 もう一枚、ジャクソンは報告書を取り出した。こちらは写真付き、ある人物に関する調査報告書のようだ。 写真に写っていたのは、一人の男だった。ザカエフと同じように鋭い眼光を持った、しかし鮫のように無表情な男。 ザカエフの写真にはまだ感情が見て取れた。西側諸国に身を売る祖国を奪還しようと、そのためなら世界を滅ぼすことも辞さない一種の狂気。だが、この男は違う。写真を見ただけでは、本当に何 を考えているのか分からない。ひたすらに無。何者にも読み取れないと言う事実を叩きつけられたような怖ささえあった。 「新しい超国家主義者のリーダーってとこだ。こいつが残党を纏め上げて、率いてる」 「名前は」 「マカロフ」 SIDE C.I.A 二日目 時刻 0725 大西洋 米海軍ヴァージニア級潜水艦『アリゾナ』 ジョセフ・アレン上等兵 まさか、潜水艦の艦内でスーツを着るとは思ってもみなかった。真新しい背広は、野戦服と違ってパリッとしており、何だか落ち着かない。 最新鋭とは言えこの『アリゾナ』は、潜水艦の常識から出ることなく狭い。少なくとも陸兵であったアレンにとって、四方八方を鉄に覆われた空間は酷い閉鎖感を伴っている。しかも、壁の向こう は海なのだ。一度浸水が起これば、あっという間に飲み込まれてしまう。何事もなく任務に従事する水兵たちが、とても勇ましくすら思えた。 では、俺は何なのだろう――居心地が悪そうにネクタイを緩めて、アレンは物思いにふけりながら艦内の通路を進んでいく――狭い潜水艦に押し込められ、浸水の恐怖に震える臆病者? いいや、俺 は臆病者などではない。臆病者であるなら、自分が"選ばれる"はずがない。仮に臆病者であったにしても、戦場ではそういう奴の方が長生き出来ることもある。 「どうです?」 士官室を間借りする形で設けられた『司令部』に足を踏み入れ、アレンは彼を待っていた男に訊ねた。自分の選んだのはその男であり、任務を命じたのもまたこの男なのだ。背広が似合っているか どうか、聞いても罰は当たるまい。 「まさに"悪党"だな」 男は――海軍の艦内であるはずなのに、陸軍の将官用制服に身を包んだ男、シェパード将軍は、一言で感想を述べた。それはよかった、と質問者も納得した様子で頷いてみせる。 一方、壁にもたれ掛かって退屈そうにしていた青年が一人。背広を着てやって来たアレンに「遅いぞ」とでも言いたげな視線を飛ばし、鮮やかな橙色の髪を掻き揚げた。 「悪いな、ティーダ。ネクタイなんて就職活動の時以来だったから――失礼、ティーダ・ランスター1尉」 「ティーダでいい――んだよ、お前。銃の撃ち方は分かるのに、ネクタイの締め方は分かんねぇのか」 「銃を撃つ方が簡単だからな。狙って、引き金を引く。これだけさ」 開き直ったような兵士の態度に、ティーダと呼ばれた青年は怒ることも忘れて苦笑い。出会ってからまだ一日だが、一度共に死線を潜り抜けた瞬間から、彼らは戦友と呼べる間柄だった。 「まぁ、潜入任務にはうってつけじゃないか。で、将軍? ご褒美は"マカロフ"ですか?」 戦友との会話もそこそこに切り上げ、ティーダは本題に入るようシェパードに訊ねる。無表情のまま、この戦うことを生き甲斐とする軍人はプリントアウトした写真を持ち出し、机の上に広げた。 写真に写っていたのは、一人のロシア人。鮫のように無感情な瞳をした男――マカロフ。超国家主義者たちの、新たなリーダー。 「こいつがそんな上等なものに見えるか。金のためなら平然と人を殺す、ただの狂犬。売女(ビッチ)だ」 なるほど、と将軍の証したマカロフの人物像を聞いて、アレンは納得する。 前リーダーのザカエフは、文字通りの狂信的な国家主義者だった。かつてのソ連の指導者スターリンを崇拝し、強いロシアを取り戻そうとした。 だが、マカロフは違う。彼は、長い内戦の末に疲弊してしまった祖国に、見切りをつけた。かつての大国ロシアは超国家主義者たちの大半を駆逐することに成功すれど、二度と力を取り戻すには至 らないまでに荒れ果ててしまったのだ。だからこそ、この狂犬は国家よりも信じられるものに目をつけた。すなわち、金だ。 運悪く時空管理局の存在が明るみに出て、地球と他の世界との行き来が可能になり始めた頃、彼は九七管理外世界より姿を消す。紛争の絶えない他の世界を渡り歩いては、ある時は傭兵、ある時は 武器を売買する死の商人として動くためだ。先日の第三三五管理世界における現地武装勢力との戦闘も、この男の存在が何らかの形で関与している。 「それよりも、新しい"素性"を叩き込んでおけ。ロシア語は話せるな?」 「大学時代は語学を専攻しましたから」 ならいい、と問いかけに答えたアレンに対し、シェパードは頷いてみせた。それから、ティーダとアレンを交互に見渡し、改めて彼らを迎え入れる。 「ようこそ、"141"へ。史上最強の特殊部隊だ」 「はい閣下、光栄であります」 大した感動を見せることなく、ティーダがラフな敬礼と共に適当な返事を口にする。将軍が、それに対して機嫌を損ねた様子はない。彼は兵士に素行の良さを求めてはいない。ただ任務を遂行する ことだけを求めていた。 「で、他の連中はどこへ? まさか我々だけ、という事ではないでしょう」 「無論だ。彼らは落下したACSモジュールの回収任務に就いている――アレン上等兵はこのまま命令があるまで待機。ティーダ1尉には、彼らのところに行ってもらおう」 「了解しました――は? 今からですか? どこに?」 質問したら、思わぬ命令が回答に付け加えられてきた。戸惑う青年に、シェパードはやはり無表情のまま告げる。 「想像してみろ、今にも凍りつかんとしている場所だ」 Call of lyrical Modern Warfare 2 第3話 Cliffhanger / "プランB" SIDE Task Force141 カザフスタン共和国 天山山脈 ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 超国家主義者たちは、ロシア本土より大半が駆逐された。結果としてかつての大国ロシアは荒れ果てたが、ひとまずのところ内戦の可能性は消えたと言える。 だが、中にはしぶとく居座る連中もいる。彼らが目指す旧ロシア空軍基地は、まさしく超国家主義者たちの残党が潜む"敵地"だった。基地司令は奴らとグルになっており、テロリストを匿っている。 本題は、ここからだ。まずいことに、姿勢制御のソフトに深刻なエラーが発生したことから、米軍の監視衛星が落下してしまった――よりにもよって、この天山山脈で。彼らの目的は、墜落した監 視衛星の姿勢制御を司るACSモジュールの回収であった。 敵地への潜入のため、侵入ルートは限られる。極力人目につかず、敵の監視網に入らない、要するに『まさかここから来るはずがない』と言うルートを通る必要があった。 ――だからと言って、こんなところを通ると言うのはどうなんだ。 寒さは、文字通り身体を凍てつかせるかの如く厳しい。吐いた息が瞬時に冷却され、口の周りを白く汚す。グローブに覆われた手で時折払いのけるが、時間が経てばまたすぐ同じことを繰り返す。 おまけに、だ。もうずいぶん高いところにまで昇ったが故、チラッとでも視線を下げれば、吸い込まれるようにして広い雪の大地が眼下に広がっている。足を一歩踏み外せば最後、あっという間に あの世行き。これでもまだ、目的地は今より高い場所にあると言うのだ。もう少しマシなルートはなかったのか、誰もがそう考えてしまう。 「休憩は終わりだ、ローチ」 しかし、この男だけは違うようだ。頭上を駆け抜けていったMiG-29、おそらくは目指す空軍基地から発進したと思われる戦闘機を見送り、吸っていた葉巻を奈落の向こうへ投げ捨てる。タバコのポ イ捨て、などと批判することは出来ない。どう見ても道ではない、狭い足場を顔色一つ変えずに渡り進んでいく度胸を見れば、誰だって口を噤んでしまう。 ホント、超人過ぎるよマクダヴィッシュ大尉は――ため息を吐いて、ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹は立ち上がる。上官が足を進める以上は、自分も行かねばならない。 登山靴に装着したアイゼンと呼ばれる爪は、しっかり氷の地面に食い込む。うっかり足を滑らせて、と言う事態を避けるためだ。とは言ったものの、何しろ背中を預ける雪山の斜面は、狭い足場を 進む兵士の背中を押すようにして聳え立っている。なるべく視線を下げないようにして、ローチは壁に背を向けて摺り足で進んでいく。 「ここで待て、氷の状態を見る」 途中、先を行くマクダヴィッシュが居心地悪そうにぶら下げたM21EBR狙撃銃をずらし、同じくぶら下げていたピッケルを持ち出す。二本のうち一本、右手で持つ方を目指す氷の壁に突き刺し、大胆 にもこの上官は、狭い足場でくるりと一八〇度、身体の向きを回転させた。昇るべき壁面と向き合った後、左手のピッケルを上へと突き刺し、グッと腕に力を込めて身体を引っ張り、登っていく。 あとは右、左、右、左と交互にピッケルを壁に抜き差しして、アイスクライミング。 「よし、氷はいい感じだ。ついて来い」 はーい、と声には出さず行動で返事。マクダヴィッシュとまったく同じ要領で、ローチはピッケルを氷に突き刺し、彼の後を追っていく。 右、左、右、左と単調な作業の連続だが、完全装備で垂直の壁を登っていくのは簡単なことではない。否応なしに呼吸が荒くなり、吐息がまたしても口の周りを白く汚しだす。くそ、と悪態の一つ でも漏らさなければ、とてもじゃないがやってられない。 その時、上空で轟音。ドッと腹に響くほど大きなジェットエンジンの唸り声を撒き散らしながら、敵のMiG-29がすぐ頭上を駆け抜けていった。 侵入に気付いた訳ではあるまい、単に離陸していっただけだ。もっともおかげで、轟音と衝撃で割れた薄い氷の破片が目下登山の真っ最中の兵士たちに降り注ぐのだが。何だと思って、動きを止めた のは幸いだったかもしれない。バラバラと降ってくる氷の雨を耐えしのぎ、ローチはアイスクライミングを続行する。 ようやく登り切った。足場があることの素晴らしさ、感動を覚えてしまうほどだ。しかしながら、ここはまだ目的地ではないらしい。先に登頂していたマクダヴィッシュは、彼の到着を確認するな り頷き、「それじゃあ、あっちで会おう」とか言い出した。 「大尉?」 「幸運を」 何を言ってるんですか。呼び止めようとした頃には、何を思ったかこの上官、いきなり走り出して霧の向こうに姿を消したではないか。慌ててローチが霧の奥に目を凝らすと、白いカーテンの向こ うで、ピッケルを氷に突き刺す音が聞こえた。崖の向こうで、マクダヴィッシュがジャンプした末に壁に飛びつき、その状態でアイスクライミングを始めたのだ。 ちょっと待て。ローチは、足を止めてしまう。大尉は、「あっちで会おう」と言った。つまり、自分も同じことをやらねばならない。その通りだ、とでも言わんばかりに、霧の向こうにいる人影が 壁に引っ付いたまま、手招きしていた。 ええい、ままよ――今更ながら、上官が「幸運を」と言っていた理由が分かった。上手く壁に引っ付けるかは、運による。雪山との運試しだ――助走をつけて、兵士は駆け出す。地面がぎりぎり途 絶える寸前、足に力を込めて一気に跳躍。 氷の壁は、あっという間に目の前に迫ってきた。両腕のピッケルを、躊躇なく力いっぱい突き刺す。食い込みが悪い。予想以上に硬かったのだ。ズルズルと見えない手に足を引きずられるようにし て、ローチはピッケルを突き刺したまま氷の壁の上を落ちていく。 「踏ん張れ、持ち堪えろ!」 マクダヴィッシュの指示が飛ぶ。言われなくても、力いっぱい踏ん張っていた。それでも落ちていく身体は――止まった。右手で握るピッケルは弾かれるようにして壁から離れてしまったけども、 左手のピッケルが危ういところで、持ち主の身体を引き止めていた。 とは言え、いつまで持つか。うっかり視線を下げてしまったことを、ローチは深く後悔した。このピッケルを手放せば、後は地面に向けて落ちるだけ。にも関わらず、氷に食い込んだはずのピッケ ルは少しずつ、壁に押し出されるようにして外れかけている。 あぁ、これもう駄目だ! 諦めが脳裏をよぎったのと、ピッケルがついに外れたのはほぼ同時。重力に引っ張られる己が身体、しかし一瞬遅れて視界に現れるのは太く鍛えられた腕。 「おっと。逃がさないぜ」 パシッと、落ちかけた身体の左腕が掴まれ、引き止められる。マクダヴィッシュが、危険を冒して助けに来てくれたのだ。 「た、助かりました。すいません、大尉――」 「礼と謝罪は後回しだ。昇れるな?」 こっちもなかなかきついんだ。そう語る上官の顔に、辛さは見えない。 この人とならどこにだって、どこまでもだって行ける。ローチは、胸に勇気が溢れかえるような気がした。 アナログ極まる方法でアイスクライミングをやり遂げたローチを次に待っていたのは、最先端のデジタルだった。 「ローチ、心拍センサーを見てみろ」 ひとまずまともな足場に辿り着くなり、マクダヴィッシュが命令を下す。これですね、とローチはACRアサルトライフルを構え――米国のマグプル社が原型のMASADAを開発し、レミントン社が軍用モデルを製造する新世代ライフルだ――銃の中ほど、機関部に付属していたパネルを開く。 電子装備の登場により、現代戦は複雑さを増している。彼が開いたこの心拍センサーも、まさしくその最中で登場した索敵のための装備だった。事前に登録を受けた者の心音、つまり味方は青色の 点で表示し、そうでないもの、例えば敵などは白い光点で表示する。これなら視界が極端に悪い環境であっても、敵味方をしっかり識別した上で見失うことはなくなる。 「青が俺、それ以外が白だ。簡単だろう」 「白い奴だけ撃てばいいんですね、分かります」 ならいい、と上官は前進の指示。危険な道のりを乗り越えてきたが故、敵の哨戒網に引っかかることなく目標の空軍基地に接近することができた。もうすぐそこ、左に視線をやれば霧の向こうに滑 走路らしい人工の大地と、誘導灯と思しき光がチラチラ見えている。 とは言え、基地のすぐ傍となれば敵兵がうろついているのも充分にあり得る話だった。現に銃を構え、腰を低くして前進していくマクダヴィッシュとローチの前に姿を見せたのは、AK-47やFAMASを 担いだ敵兵士。間抜けに後姿を晒していたが、無視して進もうにも進行方向が被っていた。 「あの様子じゃ、奴さんたちは俺たちが間近にいるなんて考えもしてないだろう。落ち着いて、確実にやる」 了解、とマクダヴィッシュの命令に頷き、ローチははるか向こうでトボトボと歩いていく敵の背中に銃口を向けた。歩哨の数は二人、どちらか片方を撃てば残った片方が気付き、騒いでしまう。あ くまでも同時に、二人まとめて射殺する必要がありそうだ。 「お前は左をやれ。3カウントだ」 上官は、サイレンサーを取り付けたM21狙撃銃を右の敵に向ける。指示通りにローチはACRの照準を左の敵兵士に向け、狙う。 引き金に指をかけて、幾つかの呼吸。すっと息を吸い込み、そのまま閉じ込めるようにして呼吸を止めた。 「1、2、3――撃て」 引き金を引く。銃床を押し付ける肩に、軽く小刻みな反動が数回響く。ACRの銃口から放たれた複数の五.五六ミリ弾はサイレンサーで銃声を消された上で、敵兵の背中に襲い掛かった。あっと悲 鳴も上がらぬままに崩れ落ちる敵。隣の兵士は何事かと振り返ろうとした瞬間、マクダヴィッシュの放った弾丸によって仲間の後を追う。 敵兵排除、再度前進。道中、同じように遭遇した歩哨もこれも同様の手筈で難なく排除し、さらに彼らは進んでいった。 基地の外壁に到達すると、マクダヴィッシュがここで「二手に別れよう」と提案してきた。狙撃銃とサーマルゴーグルを持つ彼は高台に上り、観測手となる。ローチは単独で基地に潜入し、上官の 指示と援護射撃を受けながら進んでいく。 しかし、単独か。一瞬不安そうな表情を見せた部下に、ベテラン兵士は安心しろ、と言う。 「この吹雪じゃお前は幽霊みたいなもんだ。よほど近寄らんと、敵は見えんさ」 「理屈はそうかもしれませんが……」 「センサーを頼りに進め、幸運を」 "つべこべ言うな、行け"ってことですね、ハイハイ――そうは言っても、つい先ほどの命の恩人の言うことだ。心拍センサーは正常に機能しているし、何より大尉の言うとおり、さっきから辺りを 漂う雪に風が入り混じりつつある。風、と呼ぶには生温いかもしれない。これはもう吹雪、雪風だ。こうして壁の影に身を潜めている間にも視界は悪化していき、もう五メートル先は真っ白で何も 見えないほどだった。 銃口を正面に突きつけ、ローチは姿勢を低くして進む。ちらりとACRのパネルに目をやるが、白い光点ははるか向こうだ。気付かれた様子もなく、抜き足差し足で忍び込んでいく。 ――っと、危ない。肉眼では白い闇に阻まれ何も見えないが、センサーは正確だ。真正面に、こちらに向かってくる白い光点が一つ。傍らにあった資材に身を潜め、一旦敵の視界から逃れることと する。何も知らない敵兵は、ふんふんとのん気に鼻歌を歌いながら道を行き、ローチが隠れる資材の影にも目をくれず、行き過ぎていった。 プシュッと、聞こえたかも定かではないほど小さな音がその時、彼の耳に入った。視線を上げると、先ほど鼻歌を歌って行き過ぎた敵が道端で倒れ、動かなくなっている。 「忘れてくれ」 片方の耳に突っ込んだイヤホンに、マクダヴィッシュ大尉の声。なるほど、さては狙撃したに違いない。サーマルゴーグルがあるとは言え、この吹雪の中で大したものだ。感嘆として、ローチは前 進を再開する。 さすがにこっそりと侵入しただけあって、敵の警戒網はさほど厳しいものではなかった。詰め所の中でストーブに当たっている敵兵を見つけた時は、羨ましいとも思いつつ無視して先を行く。こっ ちは山登りの果てに、吐息も凍る寒さの中で戦争をやっていると言うのに。 心拍センサーに映った白い光点をやり過ごし、あるいは観測手に狙撃してもらい、着実に進んでいく。その途中、マクダヴィッシュから指示が飛んだ。 「ローチ、敵の通信を傍受した。南東に給油所があるようだ、プランBのためにC4をセットしてこい」 プランB? それって何にもないって意味じゃ――首をかしげて、しかし命令は命令だ。敵の合間を掻い潜って進んでいくと、やたらと広い空間に躍り出た。地面を見ると、アスファルトが敷き詰め られた人工のようで、「35」と番号が書かれていたり、矢印が描かれていた。なるほど、どうやら滑走路のようだ。進んでいる途中に敵の戦闘機が飛び上がったり降りてこないかとも思ったが、さ すがに視界が悪いせいかそれはなさそうだ。駐機されているMiG-29に、離陸しようとする気配は見られなかった。着陸機も、真っ白い虚空の向こうからジェットエンジンの轟音は聞こえてこない。 指示通りに進み、行き止まりにぶち当たる。否、赤いハンドルやパイプ、火気厳禁の標識が立ち並んでいるのを見るに、ここが給油所であるに違いないだろう。バックパックから粘土のようなプラ スチック爆弾"C4"と信管、起爆装置を持ち出し、貯蔵タンクと思しきものにセット。これでプランBの準備は整った。 「大尉、プランBの用意ができました。今どこです?」 「待て、また敵の通信だ――よし、衛星の保管場所が判明した。南西にある格納庫内だ、手前で落ち合おう。競争だ」 競争って、ちょっと大尉。問いただそうにも、無線の相手は「通信アウト」と一方的に宣言し、回線を切ってしまった。あ、とローチが声を上げる頃には、すでに移動を開始したに違いない。 フライングとは卑怯な。雑念を脳裏によぎらせつつも、再び心拍センサーを頼りに彼は進みだす。目指すは南西、目的の回収対象である衛星が保管されているらしい格納庫だ。 それなりに急いだはずだったのだが、目的地の格納庫裏に辿り着く頃には、すでに心拍センサーが青い光点を映し出していた。 一応警戒しながら進み、屋根の下に入れば、どこで拾ったのかAK-47に持ち替えたマクダヴィッシュの姿があった。 「観光ルートでも通ってきたのか?」 「吹雪で何にも見えやしませんよ」 フムン、それもそうか。ローチに答えに妙に納得した様子で頷いた上官は、しかしすぐにGOサインを下す。今度は自ら先頭に立って、格納庫に通じる扉を開けて突き進む。 扉を抜けると、短い廊下に出た。まっすぐ進んで突き当たりを行けばいよいよ格納庫中心部であるに違いない――が、フラフラと歩いて何者かが正面に現れた。白い迷彩服に、AK-47を担いだ、紛 うことなき敵兵だった。咄嗟に、ローチはACRの銃口を跳ね上げ、敵に向ける。その直前、前を進んでいたマクダヴィッシュがダッと駆け出した。 止める暇もないほど、あっという間の出来事。ベテラン兵士の体当たりを受けた敵はいきなり訳も分からず、廊下の壁に並んでいたロッカーに叩きつけられる。上に置いてあった段ボールが転げ落 ちて、ロッカーの扉が開いて金属音を鳴り立てた。ひっくり返った敵兵に向けて、マクダヴィッシュはナイフを引き抜き、首の急所を一刺し。素早く抜いて、何事もなかったかのようにまた進む。 野獣か、この人は――哀れにも犠牲となった敵兵士の死体を踏み越えて、後を追う。 格納庫中心部に到達すると、彼らを待ち構えていたのは所々に焦げ目がついてしまった、ボロボロの人工衛星だった。これが目標のものであるに違いないが、人工衛星そのものは回収対象には入っ ていない。どの道、いくら訓練された兵士だからと言って二人で敵地から盗みだせるようなものでもない。 「上に行ってACSモジュールを持って来い」 上官の言うとおり、回収すべきは姿勢制御を司るACSモジュールと呼ばれる部品だ。迷彩服の懐に入ってしまうようなサイズでしかないが、今回の任務はそもそもACSモジュールに深刻なエラーが発 生したが故に生起したものだった。 指示を下す傍ら、マクダヴィッシュは手近にあった電動ドライバーを人工衛星の蓋に押し当て、解体を始めた。どこを調査されたのか調べるためだ。ローチは何も言わず、指示されたとおりに二階 へと続く階段を上る。 警戒しながら進んでみたが、誰もいない。二階に上がった彼を待ち受けていたのは、しんと静まり返った部屋。奥の机の上に、無造作に置かれたACSモジュールがあるのみだった――否、それ以外 にもう一つ。格納庫内部は外とさほど変わらない寒さであるにも関わらず、妙にこの二階だけは暖かい。ストーブが設置されていたのだ。 ACSモジュールを懐に入れて回収、わずかばかりストーブに手を当てて暖を取る。ついつい「はぁー、あったけぇ……」と口に漏らしてしまった。 ピッ、とちょうどその時電子音。ん? と怪訝な表情でストーブに当たったまま手元を見ると、ACRのパネル、心拍センサーに反応があった。白い光点が一つ、二つ、三つ――ちょっと待て。 機械音が鳴り響いたのは、その直後だった。ガコッと扉が開かれるような音。心拍センサーに映る白い光点も、もはや数え切れないほどの数に膨れ上がる。 「ローチ、見つかった」 マクダヴィッシュの声が、通信で届く。 駆け出し、ローチが目撃したのは開かれた格納庫の扉と、その幅いっぱいに広がる敵兵たちの群れだった。中央にいる拳銃を持つ将校らしき男は、おそらく指揮官。ひょっとしたら基地司令かもし れなかったが、そんなことはどうでもいい。敵兵たちはいずれも銃を構え、照準をすでに合わせているようだった――手を上げ、身動き出来ないでいるマクダヴィッシュに。 助けなきゃ。そう考えるのは、誰にだってあり得る。しかし、どうやって。こっちはアサルトライフルが一丁、向こうは何十丁もある。下手に発砲しようものなら凄まじい弾幕がこちらを襲うであ ろうし、何より大尉は身動きできない。 「私は当基地司令、ペトロフ少佐だ! 両手を挙げて出て来い!」 将校らしき男、指揮官は拡声器を手にそう告げた。わざわざ名を名乗るのは、自己顕示欲の表れだろうか。ともかくもローチは物陰に身を伏せたまま、敵の動向を伺う。 「侵入者に告ぐ、貴様の仲間は捕らえた! 上にいるのは分かっている、降伏すれば命は助けてやろう!」 やっぱりか。ACRの引き金に指をかけたまま、彼は状況を整理する。敵は、マクダヴィッシュ大尉を人質に取ったつもりでいるのだろう。そして、"上にいるのは分かっている"ということはつまり、 こちらの詳細な位置は概ねでしか掴んでいないのだ。分かっているならさっさと大尉は射殺して、二階に踏み込んでくるに違いない。 とは言え、どうしたものか――フルオート射撃でビビらせないだろうか? いや、発砲炎で位置がバレるだけだ。最初の一瞬は驚くにしても、すぐに体勢を立て直して反撃してくる。たかが一人の 射撃では、その程度が限界なのだ。上官が射撃に加わってくれればまた違ってくるかもしれないが、何度も言うように大尉は手を上げていて、身動き出来ないでいる。 「ローチ、プランB」 ――ああ、なるほど。そういえばその手があったか。 囁くようにして入った通信は、当のマクダヴィッシュ大尉からだった。すっかり忘れていた、まだ手はある。 ローチがスイッチを取り出したのと、相手が反応を見せないのに苛立った敵の指揮官が、また拡声器で声を張り上げだすのはほぼ同時の出来事。 「五秒だけ時間をやる! 五、四――」 しかし、上手くいくだろうか。不安が一瞬、脳裏をよぎる。敵が驚いてくれなければ、全ては水の泡と化す。大尉は撃たれて死に、おそらくは自分も後を追う羽目になるだろう。 「三、二――」 ええい、ままよ。半ばヤケクソ気味な勢いで、ローチはスイッチを押す。 「一――!?」 プランB、発動。格納庫の扉の向こう、滑走路よりも先にある給油所で、派手な火の手が上がった。爆発、炎と衝撃のカーニバル。その場にいた誰もが、何事かと後ろを振り返った――今だ! C4爆弾を遠隔操作スイッチを放り投げて、ローチはバッと物陰から身を乗り出す。ACRのセレクターをフルオートにセット、引き金を引いて射撃開始。デタラメな照準、しかし突如として降り注ぐ 銃弾の雨は、一瞬の隙を見せた敵兵たちにとって脅威と呼ぶほかなかった。何名かはウッと短い悲鳴を上げて倒れ、大部分は驚き怯え、反撃もままならないまま逃げ出そうとする。 直後、格納庫内に、ローチのACRとは異なる銃声が響き渡る。拝借したAK-47の連続射撃音、マクダヴィッシュが反撃に転じたのだ。二人の一斉射撃を受けた敵軍は、数で勝っているにも関わらず片 っ端から薙ぎ倒されていく。 やった、うまく行った――階段を下りて、ローチは上官と合流。ついでに空になったマガジンを投げ捨て、予備のマガジンを差し込み、コッキングレバーを引く。息を吹き返したACR、銃口を前に構 えて彼はマクダヴィッシュに指示を仰ぐ。 「ローチ、ついて来い! 駐機されてる敵機を盾に、滑走路を突っ切るぞ!」 「了解!」 銃声、爆音、悲鳴、怒号。吹雪のみが唸りを上げていた雪山の空軍基地は、戦場の姿へと一変する。 敵の妨害射撃を切り抜け、銃撃に巻き込まれて引火したMiG-29の爆風に晒されそうになりながら、二人は敵地の中を突き進む。 「GO! GO! GO!」 上官に言われるまでもなく、ローチはひたすら前を行く。途中で時折振り返って、なおも追撃を仕掛けてくる敵に向かって五.五六ミリ弾を叩き込む。怯んだ隙に走って走って、背中を撃たれる恐 怖に打ち勝てなくなったらまた振り返って交戦するの繰り返し。 先を行くマクダヴィッシュも、考えなしに逃げ回っていた訳ではない。滑走路の向こう側、基地の外に繋がる斜面は一気に飛び降りれば、自分たちを回収するヘリとの合流地点に向かうことが出来 る。部下と共に雪と氷でコーティングされた斜面を滑り降り、すぐさま振り返って迫る敵を撃つ、撃つ、撃つ。 敵も黙って撃たれる訳ではなかった。彼らはスノーモービルを持ち出し、二人一組となってローチたちの進行方向に先回りを図る。が、一両が雪上を駆け進んでいたところで、小屋の影に潜んでい たマクダヴィッシュの強烈なピッケル攻撃を浴び、ひっくり返った。投げ出された敵兵はあえなく死亡してしまったが、彼らが乗ってきたスノーモービルは健在だ。 「ローチ、こいつを奪え。一気に脱出だ!」 「俺スノーモービルなんか運転したことありませんよ!?」 「だったら尚更、いい機会だ!」 無茶苦茶だ――しかし、徒歩よりはるかに速いには違いない。結局座席に跨り、上官を後ろに乗せてローチはアクセルを回す。元の持ち主を殺されたにも関わらず、スノーモービルは元気よくエン ジンを吹かし、猛然と雪の上を加速していった。機械に感情はないはずだ。 「キロ6-1、第一回収地点には到達不可能! 予備の回収地点へ向かう、オーバー!」 「こちらキロ6-1、了解。第二回収地点に向かう、アウト」 通信機に向けて怒鳴る上官をよそに、ハンドルを握るローチの思考は運転に精一杯だった。頬を痛いほどに叩く風、耳元で唸る空気の流れていく音、吹っ飛んでいく雪山の風景。スノーモービルは アクセルを吹かせば吹かすほど速度を増し、白銀の世界を駆け抜けていく。 パッパッとその時、はるか正面で地面に降り積もった雪が弾けるように舞うのが見えた。すぐに視界の片隅に流れて消えていってしまう、そのくらい一瞬の出来事だったが、間違いなく見えた。サ イドミラーに目をやれば、同じく銀の世界を駆け抜け追って来る敵兵たちのスノーモービルが一両、二両とチラつく。くそったれ、追撃してくるのか。安全運転だけで精一杯なのに。 「大尉、後ろ、後ろ! 後ろに敵!」 「見えてるよ、前を見てろ」 突き進むスノーモービルのすぐ傍らを、弾着が駆け抜けていく。それでも後席の上官は冷静とものん気とも取れる回答。グロック18Cを持ち出し、片手で構えて敵に向かって弾をばら撒く。さすがに 照準の余裕はない。とにかく撃ちまくって、敵をビビらせ射撃をやめさせるほかなかった。 悪いことは、さらに続く。歩兵の持つ小口径の弾丸は雪を舞い散らせる程度だったのだが、背後から突如降り注いだ炎の矢は進行方向にあった木を吹き飛ばし、叩き折った。咄嗟にハンドルを切って 回避するも、耳元で唸る風の声に混ざる形で聴覚に飛び込んできたのは、ヘリのローター音。味方であると思いたかったが、先ほどのロケット弾射撃はどう見ても誤射ではなく狙ったものだ。 「後方にハインド! ローチ、スピード上げろ! GO! GO! GO!」 分かってます、分かってますからあんまり怒鳴らないで集中できない! 泣き出したくなる衝動に駆られ、ローチはひたすらスノーモービルの操作に集中する。背後より迫るヘリは、Mi-24Dハインド。 生身の人間二人に攻撃ヘリまで投入とは、よっぽど敵さん頭に来たらしい。何でだよ、ちょっと落し物を拾いに来ただけなのに。 もちろん、嘆いたところで状況は変わらない。降り注ぐロケット弾と銃弾の雨、被弾しないのが不思議なくらいの攻撃を掻い潜り、彼らを乗せた鋼鉄の馬は雪山の白い斜面を乗り越える。妨害に現 れた進路上の敵もひき殺すような勢いで加速し、突き進んでいたところで、今度は斜面を下りに入っていく。 速い――たまらず、ローチはアクセルを握る手の力を緩めた。しかし、それでもスノーモービルは加速していく。坂道を下っているのだから、当然ではあるのだが――速い、速い、速い、速過ぎる! どうするんだこれ、止まれないぞ! 向こうは、崖だ! 「ローチ、まっすぐだ! この先が回収地点だ!」 「はぁ!? なんですって!?」 「まっすぐだ!」 落ちるでしょうが! 上官からの指示に、しかしローチはどの道逆らえない。今更ブレーキをかけたところで、間に合うはずもない。そのくらいスノーモービルは加速しきっており、もはや止まるこ とを知らない暴れ馬と化していた。敵の銃火も途絶えてしまった。完全に振り切ってしまったのか、この先はもう崖であることを知っていたのか。 バッと、彼らを乗せたスノーモービルは崖を飛び越えた。加速していた車体は慣性の法則に乗っ取り、地面を離れてなお前に進む。 あ、これ、ひょっとしたら助かるんじゃないか。ほんの一瞬、胸のうちでローチは生存の可能性を見出した。なるほど、マクダヴィッシュ大尉は最初からこれを目論んでこのルートを。ごめんな さい大尉、俺大尉のことを勘違いしてました――崖の向こう側、地面に辿り着くほんの五メートルほど手前で、スノーモービルは下を向き始める――くそったれ、信じた俺が馬鹿だった! 「落ちるぅ!!」 「落ちねぇよ!!」 あぁ!? ともはや生きることを諦めヤケクソになった彼が顔を上げる。視界に映ったのは、人。こっちに手を差し伸べる、人間の男だった。いや、本当に人間なのだろうか。こいつが人間であると するなら、何故こちらは重力に引っ張られて絶賛落下中だと言うのに、こいつは宙に浮いていられるのか。 されど、全ての疑問は後回し。ハンドルから手を離し、ローチは突如現れた空中浮遊する男が差し出した腕を掴む。男はそれだけでは飽き足らず、後席にいたマクダヴィッシュにも手を伸ばしていた。 何も言わず、彼は男の差し出す手を掴み、落下現象から脱出。スノーモービルだけが見えない腕に引っ張られるようにして、底も見えない崖の下に落ちていった。 「キロ6-1、二人の回収に成功した。これから連れて行く!」 「キロ6-1了解。ティーダ1尉、早めに頼む。燃料が限界近いんだ」 あいよ、とヘリとの交信を終えた空中浮遊の男は、次に自分が抱える二人の兵士を見た。 「……妹へのお土産にしちゃあ、ちょっと無愛想だな。礼の一つも言ってくれよ」 「――すまない、お前の言うとおりだ。助かった、ありがとう。管理局の魔導師か?」 「お、分かる?」 マクダヴィッシュは彼のことを何か知っているようだ。しかし、ローチの方は、もちろん何がなんなのかさっぱりな状態である訳で。 何でもいいから早く下ろしてくれ――眼下に広がる雪の大地、白一面の銀世界は、無表情に彼を見つめていた。 戻る 次へ
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Call of lyrical Modern Warfare 2 第18話 Paratrooper / "救出作戦" SIDE Task Force141 七日目 0831 グルジア・ロシア国境付近 ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 カチ、カチと通信機のスイッチを音を鳴らしてオンとオフを繰り返す。森に潜む身としてはそんな些細な音でさえ隠してしまいたいところだが、ローチにとってはそれが唯一の希望でもあった。孤立無援、追われる身とあっては例えほんの一筋であっても、希望の光に手を伸ばすことが生きることに繋がっていたからだ。 かすかに、朝を迎えてまだ数時間も経っていない深い森の中で、人の気配を感じた。登っていた木から飛び降り、着地の音に顔をしかめながらも衝撃を受け止め、茂みに身を隠す。こちらの武器はアサルトライフルのACRの他は持っていない。森に逃げ込むまでの逃避行で、いくつかの装備はすでに無くしてしまっていた。感じた気配が敵であるなら、今はひたすら隠れてやり過ごすしかない。ACRにしても残弾は心細い領域に至っていた。 どうか敵ではありませんように――祈るような気持ちで茂みに伏せていて、ローチはふと仮に敵が来たのならどっちの"敵"なのだろうと考えた。もはや敵は、マカロフ率いる超国家主義者たちだけではない。ゴーストを撃ち、ティーダや他のTask Force141隊員を焼いたシェパード将軍とその私兵も敵だった。 自分たちの司令官であった男が何故こちらを追ってくるのかは分からない。しかし敵は、間違いなく焼いた遺体を律儀にも数えていた。その数が合わないと見るや、黒尽くめの兵士たちが連なって生き残りを探しにやって来た。生き残りとはすなわち、ローチ自身だ。 くそ、冗談じゃないぞ。胸のうちで悪態を吐き捨てて、彼は銃のグリップを握り締めた。訳も分からないまま、殺されてたまるか。チェストリグのポーチに詰め込んだ手帳は、戦友の形見だ。こいつを渡すべき人が、俺にはいるんだ。 茂みの中から視線を張り巡らせて、ついに気配の正体が分かった。分かった瞬間、ローチは息を吐いて心の底から安堵した。人の気配だと思っていたのは、実際にはクマだった。とりあえず敵ではない。しかもクマはこちらに気付いた様子もなく、鼻を鳴らしてのっしのっしとその巨体を進めていた。まるで森の主だった。 森の主である野獣は、最後までローチには眼もくれなかった。彼が通信機のアンテナを伸ばして登っていた木を不思議そうに見た後、再びのっしのっしと歩いて何処かへと去って行った。向かってきたら銃で応戦するほか無かったが、クマは気付かなかったのか、それとも無視したのか、とにかくどこかに行った。案外、ローチが隠れているのは知っていたけども見逃してやったのかもしれない。 「すいませんね、クマさん。もうちょっとあんたの森にお世話になるよ」 茂みの中から立ち上がり、ローチは再び木に登った。通信機のスイッチを弄り、周波数をずらしてまたオンとオフを繰り返す。モールス信号のように間隔を置いたり置かなかったりの電源のオンとオフは、まさしくモールス信号だった。ジッパー・コマンドと言って通信機のスイッチオンとオフを繰り返した時の音で「了解」の意を伝える行為を応用し、彼はSOSを発信していたのだ。アフガニスタンにまで届くよう、道中で見つけた敵の――この場合は超国家主義者だ――遺体から通信機を剥ぎ取り、バッテリーを抜き取って出力を上げた。もしもマクダヴィッシュ大尉やプライスが生きているなら、この信号を拾ってくれるはずだ。あえてモールス信号にしたのは、直接音声でやり取りすれば敵に傍受されて自分の生存がすぐバレてしまうからだ。いずれにしてもこれがSOSを示すモールス信号であることは分かってしまうだろうが、こちらの生存に気付かれるのを遅らせることは出来る。 とはいえ、アフガニスタンに向かったマクダヴィッシュ大尉たちの部隊がどれほど生き残っているかはローチにも分からなかった。この信号に気付いたとしても、救援が来るとは限らない。おそらくは彼らも同じように、シェパードの私兵に攻撃されているのは分かっていた。それでも、と万に一つの可能性に彼は賭けたのだ。 万に一つ――その可能性は、現実のものとなる。 SIDE 時空管理局 機動六課準備室 七日目 0832 グルジア・ロシア国境付近 ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 酸素マスクと一体になったヘルメットで頭部を覆っていても、唸り声を上げる風の音は聞こえてきた。風圧から眼を保護するためにバイザーを下ろしていたジャクソンは、視界いっぱいに広がる大地をずっと眺め続けている。 時間が経つに連れて、大地に立つ木々や流れる川、聳え立つ山の表面が少しずつ明確なものになっていく。時折右腕に装着した高度計に眼をやって、予定高度にまで降下するのを待つ。 彼は降下していた。地球の重力に引かれ、真っ逆さまに大地に向かっていたのだ。時速は二〇〇キロを超えており、このまま行けばジャクソンは地面に激突して潰れてしまう。無論そうならないための装備は備えており、彼の他に同じく降下する二人の仲間も同様の状況にあるのだが、常人であれば少なからず恐怖を覚えることだろう。しかし、降下していく兵士に動揺の様子は見られない。冷静に高度を見極め、大地をまっすぐ見据える姿はまさしくプロフェッショナルだった。 いいや、そうじゃない――ジャクソンは脳裏によぎった思考を否定する。怖いさ、怖くてたまらない。誰だってそうだ。俺は特別じゃない。ただの兵隊、やろうと思ったことをやってるだけだ。 「開傘まで残り三〇秒。準備はいいか」 通信機と繋がったマイクに向けて、声を発する。二人の味方からは間髪入れずに「問題無し」「いつでもいいぜ」と返答があった。頼もしい仲間、しかしこれから向かう先は"敵地"だ。いかに優秀といえど、たった三人の兵士が立ち向かうのは無謀過ぎる。それも作戦のうちなのだが。 高度計に目をやる。安全に降下出来る高度まで、残り一〇秒を切った。ジャクソンは腰にあるフックを掴み、酸素マスクの内で声に出して残り時間をカウント。 「五、四、三、二、一、今!」 フックを引く。途端に、迷彩色が施されたパラシュートが背中に背負うパックよりスルスルと伸び、勢いよく開いた。グッと身体を引っ張られるような衝撃を感じた後、風のうなり声が弱まるのを確認した。眼下に迫る木々や川といった風景も、明らかにゆっくりと流れていく。降下速度は大きく落ちた。これなら安全に着地出来る。 上を見上げてパラシュートの展開を目視して、それからジャクソンは周囲を見渡した。同じように、開かれたパラシュートが左右に一つずつ、合計二つ見える。仲間たちも問題なく降下出来るようだった。 木々に串刺しになったりしないよう、適当な着陸地点を探す。右下の斜面に適度な空き地を見つけた。本当は平地が望ましいが、贅沢は言っていられない。指で味方に着陸地点を指示し、パラシュートを巧みに操って降下していく。 慎重に操作した甲斐あって、着陸は難なくこなせた。地面に足が接地し、捻挫しないようあえてジャクソンは崩れるようにして転んだ。ドシンッと着地の衝撃はあったもの、身体に異常は感じない。巻きついたパラシュートを手早く外し、見つからないよう素早く手元に手繰り寄せる。 一通りの撤収が済んだ後、ヘルメットを脱ぎ捨てた彼は腰の後ろに回していたM4A1カービン銃を構えた。フォアグリップとダットサイト以外は装備していない、いたって平凡なもの。 周辺を警戒してみたが、どうやら敵はいないらしい。その間にも二人の味方が彼のすぐ傍に降下してきて、同じように着陸してパラシュートを手早く畳んでいる。それが済むと、二人は銃を手にしてジャクソンの下に集まった。 「どうやら上手く敵の目は欺けたようだな」 G36Cを持つ白人のこの男はギャズと言う。イギリスSAS出身の精鋭だ。 「らしいな。不可視の魔法をかけると言われた時は怪しいと思ったが」 M249機関銃を持つ黒人男性はグリッグ。ジャクソンと同じく、米海兵隊出身だ。 グリッグの言う不可視の魔法と言うのは、降下作戦前に彼らの仲間がかけてくれた文字通り魔法のことだ。発見される可能性の低いHALO降下を選んだが、それだけでは不完全と睨んだ彼らの指揮官が提案した。降下中は仲間内にしか見えなくなるものだと言われ半信半疑だったが、ここに至るまで"敵地"であるはずの大地に何も動きが見られなかったのを見るに、機能を果たしたのだろう。 「俺はまたお前だけはぐれて余計な一手間があると予想していたぞ」 「よせやい、人のトラウマほじくり返すんじゃねぇ」 ジャクソンに言われ、グリッグは露骨に顔をしかめた。降下作戦で、この黒人兵士はいい思い出がない。今回は上手く行っただけに、なおのこと過去のことは触れて欲しくないに違いなかった。 「それで、例のローチとかいうのはどこにいるんだ」 じゃれ合いに興味のないイギリス人が淡々と任務に関わることを口にして、二人のアメリカ人は顔を見合わせ黙った。 「敵がまだそいつを探してるってことは見つかってないんだろうが、こっちにも分からないとなれば…」 「だから、敵を利用するんだ。この先に超国家主義者たちが使っていた拠点がある。今はシェパードの私兵部隊がそっくりそのまま使ってる」 チェストリグのポーチから地図を広げて、ジャクソンはギャズに見せ付けた。赤い印をつけているところが、まずは目指すべきシェパード私兵部隊の拠点だ。 「"アースラ"からの上空偵察では、敵は一度捜索を終えると必ずこの拠点に戻っている。たぶん捜索記録か何かあるはずだ」 「ずいぶん詳しいな、ジャクソン」 「敵も元米軍だろうからな」 なるほど、とギャズは納得し、立ち上がった。ジャクソンとグリッグも合わせる。三人は銃を構え、一列縦隊で歩き始めた。目指す拠点まで、約五キロの道のりだった。 地上でも不可視の魔法の効果が続いてくれればよかったのだが、そう都合よく物事が進むものでもない。ジャクソンたちは息を殺して山を下り、目的地へと向かっていた。 途中、何度か黒尽くめの兵士の部隊と遭遇しそうになり、その度に彼らは木陰や草むらに身を寄せ、やり過ごしていた。絶対的な戦闘能力では機動六課準備室の魔導師たちの方が圧倒的に上だが、彼ら兵士は目立たないというのが最大の利点だった。実際、白やら赤やら目立つ色をしたバリアジャケットや騎士甲冑では発見されていたかもしれない。不可視魔法は案外長続きせず、魔力も案外消費が激しいため、隠密任務という点ではジャクソンたちの方がずっと適任なのだ。 時間をかけて目的地であるシェパードたち私兵部隊の拠点、山中にぽつりと建てられたロッジに辿り着いた頃には昼近くなっていた。草むらに潜むジャクソンは敵が先にローチを発見してしまうことを恐れたが、どうやらその様子はない。ロッジの周囲に立つ黒尽くめの兵士たちに、撤収や警戒を敷いている気配を感じられなかったからだ。 「奴ら、緊張感が足りないようだぜ。タバコ吸ってる奴もいる」 「もうここらに敵はいないと思ってるんだろう。ギャズ、いつものだ。頼む」 隣にグリッグを残して、ジャクソンはギャズにロッジの裏に回るよう頼んだ。元SASの彼は同時に機械の扱いにも手馴れており、小細工が得意だった。 ギャズが傍を離れてからも双眼鏡でロッジの様子を確認する。派手な銃撃戦をやらかした後らしく、ロッジの壁は銃弾の痕が蜂の巣のように生々しく残っていて、窓ガラスも割れたままだ。入り口はいくつかあるようだが、正面玄関には大破した軍用車両が放置されている。おそらくは超国家主義者のものだろう。 肩を叩かれて、ジャクソンは振り返る。グリッグが「あれを見ろ」と指で方向を示していた。正面玄関から左側、長い斜面を下った先だ。何かが燃えているらしく、黒い煙が上がっていた。 双眼鏡で煙の元を見たジャクソンは、露骨に顔をしかめた。燃えているのは人だ。黒尽くめの兵士たちが、死体に油をかけて燃やしていた。すでに黒焦げになったものの上に、新しい死体を積み重ねている。その最中に、かろうじて焼け残った部隊章を見つけた。人間の頭蓋骨に剣と翼を彩った部隊章。Task Force141のものだ。シェパードは自分の部下を裏切るばかりか、ゴミでも焼くようにしている。そう思うと、腸が煮えくり返る思いだった。 「ギャズ、配置に就いた。いけるぞ」 双眼鏡から眼を離し、通信を聞いたジャクソンは突入準備に入る。この怒りはまずロッジにいる敵兵たちに受けてもらおう。 サイレンサー装備のM4A1を持ち出すと、グリッグも準備OKと合図してきた。ギャズに突入用意よしと伝え、戦闘開始。 ロッジの裏から、何かが飛び出してきた。正面玄関の大破した車両とは対照的な、まだ真新しい様子のジープだ。運転席には誰も乗っていないが、アクセル全開で斜面を下っていく。シェパードの私兵たちの視線は、否応無しに無人のジープに向けられた。「誰が運転してるんだ?」「おい、止めろよ」と完全に思考は釘付けにされていたのだ。 直後、彼らを草むらから放たれた静かな殺意が襲う。あっと短い悲鳴を上げて黒尽くめの兵士の一人が倒れ、隣で慌てふためく仲間の背中にも弾丸が叩き込まれる。 「GO!」 ジャクソンはグリッグと共に草むらを飛び出した。先の戦闘で爆破されたせいで扉のない正面玄関に突っ込み、リビングでテーブルの上に地図を広げていた私兵たちに銃口を向けた。敵も銃を引き抜き抵抗しようとしたが、奇襲で面食らったその動きは緩慢なものでしかない。歴戦の海兵隊員が二人がかりで正確かつ素早い銃撃を叩き込み、片っ端から敵兵たちを沈黙させていく。最後の一人は逃げ出そうとして、割れた窓から侵入してきたギャズのG36Cに撃たれて死んだ。 あっという間に静かになったロッジの中で、ジャクソンの目論見は見事的中した。テーブルに広げられた地図に、ご丁寧にすでに捜索した地域とそうでない地域が塗り分けされていたのだ。捜索隊のローテーションまで残されていたのはまさしく幸運だろう。 「捜索範囲は五つに分けられているな。AとB、それからDとEはすでに捜索済みか」 早速グリッグがローチがいそうな場所に目星をつける。残るCのエリアはまだ捜索されていない。ローチが潜んでいるとしたら、そこだろう。 「捜索隊は今Eエリアから帰還中のようだ。まずいな、帰還する旨を伝えた無線はもうだいぶ前だぞ。ここに戻ってこられると俺たちの存在がバレる」 「罠を仕掛ける時間も無し、だな。ギャズ、動く車両があるなら運転してくれ。Cエリアに行こう、連中より先に」 ジャクソンに言われてギャズは頷き、早速裏口にあるトラックを一台玄関へと回してきた。目立つが、動く車両は他にない。今は敵に気付かれる前に動き、ローチを見つけることが最優先だった。 SIDE Task Force141 七日目 1011 グルジア・ロシア国境付近 ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 静かな森の中で、不意に発生した自動車の音に鼓膜を叩かれて、ローチはハッとまどろみの中から現実に舞い戻った。どうやら居眠りしてしまっていたらしい。追われる身という立場はそれだけで精神を磨耗し、ましてや来るか来ないか分からない援軍を待つというのは想像以上に過酷なものだった。いかに鍛えられた兵士と言えど、眠ってしまうのも無理はない。 ――それでも、失態だったには違いない。くそ、間抜けめ。ローチは身を伏せたままアサルトライフルのACRを構えなおし、自分を罵った。命の危険に晒されているのに、居眠りする馬鹿がどこにいる。自動車の音は彼への警告だった。敵がいよいよこの付近の捜索を始めたのかもしれない。 疲れきった身体は起き上がるにもいちいち抗議の声を上げるが、強引に押し切り、音の根源を探りに行く。もしかしたら通りがかった民間人かもしれないし、シェパードの私兵部隊であれば早急に隠れるか逃げるか、何かしらの対処をせねばならない。相手を迎え撃つ、という選択肢は念頭に無かった。時間稼ぎのために森の中に設置した罠を駆使して、ひたすらに逃げる。ACRの残弾はあまりに心細い状態だったからだ。 太い樹木に身を寄せて、少しばかり周囲より盛り上がった地面から森の外の様子を伺う。はるか向こうで、何かが蠢いていた。肉眼だけでは敵なのかどうか区別がつかないが、トラックらしき車両が止まっているのが見えた。見るからに軍用のそれは、おそらくはシェパードの私兵部隊のものだろう。ということは、ついに奴らがこの森にまで捜索の手を伸ばしてきたのだ。自分を殺すために。 くそったれ、簡単に殺されてたまるか。ローチはその場を離れ、まだ手元に残っていた一発の手榴弾を持ち出した。ピンとワイヤーを繋いで、適当な木と木の間に括り付ける。なんのことはない、ワイヤーに気付かず足を踏み入れればピンが抜けて、手榴弾が爆発する古典的トラップだ。本来ならクレイモア地雷を駆使して敵の出鼻を挫きたいところだが、手持ちの装備で出来ることはこれが限度だった。 罠の設置が完了すると、自分が設置したそれに引っかからないよう注意しながら足早に森の奥へと急いだ。こうしている間にも、あの黒尽くめの兵士たちは迫っているかもしれない。 その時、片方の耳に突っ込んでいたイヤホンに応答があった。通信機と繋がっているそれは、何処から放たれた電波を拾ったのである。 ≪ローチ、聞こえるか? こちらは……あー、プライスとソープ、マクダヴィッシュ大尉の要請を受けてやって来た救出部隊だ。応答してくれ≫ 自分の耳を疑う、とはこのことだ。通信機に飛び込んできた電波の主は、プライスとマクダヴィッシュの名前を出してきた。おまけに救出部隊と来た。一日経っても見つからないローチの捜索に業を煮やしたシェパード私兵部隊は、ついにプライス大尉とマクダヴィッシュ大尉の名を利用して誘き出すつもりなのか。いずれにせよ、この状況で唐突に救出部隊といわれても信用できるはずがなかった。否、長く追われる身として過ごしたローチはもはやプライスかマクダヴィッシュの本人たちでなければ信用できなくなっていたのだ。脳裏には、シェパードに撃たれた瞬間の仲間たちの姿が焼きついていた。ゴースト、そしてティーダ。 ≪応答してくれ、頼む。俺はジャクソンという。ソープとは戦友だ。今から森に入る。撃たないでくれよ≫ ――しかし、もしも本当に救出部隊だったとしたら? ほんの一筋の疑問が、ローチの胸に宿る。設置した罠は敵味方の識別なく作動する。もしも呼びかけてくる彼らがその罠にかかれば、自分は今度こそ本当に孤立無援となるだろう。誰も助けに来てくれない。降伏は無駄だった。黒尽くめの兵士たちはTask Force141の兵士たちの死体を集め、その数をきっちり数 えている。 森に入ってくると言う彼らは敵か、それとも味方か。ローチに、判断する術はなかった。 SIDE 時空管理局 機動六課準備室 七日目 1012 グルジア・ロシア国境付近 ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 とうとうローチからの返答は無かった。ギャズもグリッグも森の中に入るのは躊躇ったが、それでもジャクソンが先頭に立って足を踏み入れると渋々従った。 「足元に注意しろよ。精鋭特殊部隊の生き残りだ、罠も設置してるはずだ。知ってるか、日本語で窮鼠猫を噛むって――」 ピン、と金属音がかすかに響いた。得意げに日本語講座を開いていたグリッグがギョッとなって足を止める。見下げた先には何も無いように見える――あくまでそう見えるだけだ。実際のところではよほど注意深く見ていなければ分からない細いワイヤーが落ちている。 ジャクソンは落ち葉と土に混じったワイヤーを見つけることは出来なかったが、ピンが抜けた手榴弾がすぐ傍の木の幹にテープで貼り付けられているのを偶然目撃していた。そこだけ人の手が入ったような形跡があったのだ。 躊躇うことなく飛びつき、テープごと手榴弾を木の幹から引き剥がす。勢いよく宙に放り投げたところで爆発。黒煙が森の最中で炸裂するも、ジャクソンもグリッグも無傷だった。 「無事か!?」 「お蔭様で。悪い、助かった……」 「ローチ! 聞こえるか! もう一度言う、俺たちは味方だ! お前を助けに来た、出て来い! 置き去りにしちまうぞ!」 反射的に地面に伏せたグリッグの無事を確認するやいなや、ジャクソンは首元のマイクに向けて怒鳴った。今の罠は明らかにローチが仕掛けたものだ。救出対象に殺されるなど冗談ではない。 ≪――本当に、味方なのか。あんたら、いったいどこから……≫ 爆発音は森中に響き渡った。無論、ローチにも聞こえていたのだろう。自分の設置した罠に殺されかけて、それでもなお怒りはしても見捨てはしない様子のジャクソンたちを見て、ようやく彼は通信に応じてきた。 「ああ、味方だ。どこから来たって? 空からだ。いいから出て来い、お前を確保さえしたら増援を呼べるんだ」 ≪本当か…≫ 苛立ちながらも、ジャクソンは電波に乗って飛んでくる救助対象の声に安堵の雰囲気を纏っているのを感じ取っていた。それもそうだろう、昨日からずっと追われる身でようやく助けが来たのだ。 その時、後ろで警戒配置に就いていたギャズから通信が飛び込んだ。 ≪こちらギャズだ、悪いニュースがある。黒尽くめの連中が森の中に入ってきた。どうも気付かれたようだ≫ 「何だって、早すぎるぞ――さっきの爆発音が聞こえたか」 舌打ちし、ジャクソンは自身が手にするM4A1を見た。弾は装填してある。銃撃戦を覚悟しなければいけないだろうか。 パン、パンとまさにその瞬間、銃声が響いた。ギャズのいる方向からだ。 ≪くそ、見つかった。現在応戦中――おい、ジャクソン! ローチとか言うのを早く連れて来い、敵は多数だ!≫ 「分かった! グリッグ、ギャズの援護に行ってくれ!」 グリッグが頷くのを確認した後、ジャクソンは前へと駆け出した。 予定ではローチを確保でき次第、上空で待機している『アースラ』に応援を要請することになっている。百戦錬磨の機動六課準備室の魔導師たちなら、敵の殲滅は容易い。しかし今回の任務は殲滅ではない、救出だ。派手にやりすぎればシェパードの眼に止まり、米軍が動く。『アースラ』はローチ収容のため低空に下りて来るが、対空砲火に晒されて被弾すれば今後の行動に支障を来たす。可能な限り最短でローチを収容する必要があった。 罠が設置されているであろう森の中を駆けるのは勇気無しでは到底不可能だったが、それでもジャクソンは足を速めた。通信機に「早く出て来いローチ」と怒鳴った上で。 草と木が視界を埋め尽くす中で、ふと右端の方に黒いものがよぎるのが見えた。何だと思って足を止めると、黒尽くめの兵士たちだった。奴らは別ルートでもやって来たのだ。悪いことに、彼らの視線もこちらに向けられていた。 銃口が跳ね上がるのは同時、引き金を引くのはジャクソンの方が速かった。サイレンサー装備のM4A1から静かな殺意の塊が弾き出され、シェパードの私兵部隊に飛び掛る。当たりはしなかったが、怯ませることは出来た。この隙に移動する。 敵の側面に回りこんだジャクソンは、再びM4A1の銃口を向ける。私兵部隊の兵士たちは慌てて銃を構えなおすが、もう遅い。実戦で鍛えられた正確な照準によって放たれる弾丸が、黒尽くめの兵士たちを次々と射抜く。悲鳴が上がり、何名かはたちまち崩れ落ちるようにして倒れた。 近くにあった木の幹の陰に飛び込み、反撃に備える。予想通り、生き残った黒尽くめの兵士たちが撃ち返してきた。太い木の幹は銃弾を身をもって弾き返してくれるが、撃たれるのは気持ちのいいものではない。敵の銃撃が一瞬止み、ジャクソンはすぐさまわずかに身を乗り出しての銃撃を叩き込む。撃ち、撃たれの繰り返し。とはいえ数は敵の方が上だった。このまま正面から撃ち合っていても勝てる見込みはない。 その時、ドッと爆発音が響き渡った。何事かと銃口と共に顔を突き出してみれば、黒煙が黒尽くめの兵士たちの辺りで漂っている。悲鳴が上がり、片足のない敵兵が仲間の手で引きずられていく。ローチの仕掛けた罠に、奴らも引っかかったのだ。可哀想だが、こちらにはチャンスだ。 思い切って、木の幹から飛び出す。手榴弾の爆発で動揺する敵に、あえての接近。ジャクソンが飛び出してきたことに気付いた私兵部隊はただちに応戦の構えを見せたが、M4A1からありったけの銃弾を叩き込まれ、次々と沈黙させられていく。 カチンッと小さな機械音による断末魔。M4A1が弾切れになった。すかさずM1911A1拳銃を引き抜き、銃撃を絶やさず前進続行。負傷した兵士を後方に下げていく者には手を出さず、まだ健在な者だけを狙った。 M1911A1の最後の一発が一人の黒尽くめを撃ち抜いて、敵の全員後退を確認。即座にジャクソンは再び駆け出す。戦場と化した森の中、硝煙の匂いと銃撃音を肌で感じながらローチを探す。 視界の片隅にある草むらの中で、動きがあった。走りながらリロードしたM4A1の銃口を向けるが、出てきた者を見た瞬間、彼は銃口を下げた。草むらから出てきたのは、グレネードランチャー付きACRを持った兵士。憔悴した様子でこちらも銃口を突きつけてきたが、やはり同じように銃口を下げた。本能的に、彼らは察したのだ。こいつは敵ではない。 「ローチか」 「そうだ。あんたは」 「ジャクソンという。ソープの戦友だ。まだ戦えるか」 「弾さえ分けてくれればな」 手短な自己紹介の後、ジャクソンはチェストリグのマガジンポーチからマガジンを一つ取り出し、ローチに渡す。受け取ったローチはACRにそいつを叩き込み、コッキングレバーを引いて戦闘準備完了。 「救援が来るまで持ちこたえるぞ。救援さえ来たら俺たちの勝ちは決まりだ」 「ずいぶん自信あるんだな。そんな大戦力なのか?」 にんまり笑って、ジャクソンは肯定の意を返す。見れば驚くぞ、とでも言いたげに。ローチは曖昧に頷くだけだった。 SIDE Task Force141 七日目 1044 グルジア・ロシア国境付近 ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 ジャクソンと名乗った兵士と合流し、さらに森を駆け抜けていくと、黒尽くめの兵士たちがわらわらと押し寄せてくるのが見えた。数では圧倒的に上の奴らがしかし攻めあぐねているのは、たった二人の特殊部隊隊員が必死の防衛線を展開しているからだ。ギャズとグリッグ。もっともローチは彼らの名前をまだ知らない。 黒人兵士が、軽機関銃で弾幕を張って私兵部隊の頭を上げさせないでいる。キャップを被った髭の兵士がこれに呼応する形でG36Cを叩き込み、敵の進軍を食い止める。しかし彼らは気付かない。その後方に、文字通り裏をかいてやろうと忍び寄っていた黒い影がいることに。 ジャクソンとローチ、二人の兵士は顔を見合わせ、意向をすり合わせるまでもなく銃口を敵に向けた。それぞれが見定めた目標に向かって銃撃。裏をかくはずが思わぬ方向からの攻撃を受け、黒尽くめの兵士たちは死者を出しながら後退していく。 「遅いじゃねぇか」 M240軽機関銃を撃っていたグリッグが、口では抗議しつつ笑顔で二人を出迎えた。悪いな、とジャクソンがひとまず謝り、防衛戦に加わる。 ローチは黒尽くめの兵士たちに向かって銃撃しつつ、ジャクソンが通信機に何か言っているのを眼にした。通信を終えて、次にギャズに信号弾を上げろ、と怒鳴った。それが救援に来る者への合図なのだろう。 ギャズはG36Cから手を離し――代わってローチが銃撃する。Task Force141の仲間の敵討ちのために――太く短い銃身の信号銃を上空へと打ち上げた。木の枝を掻い潜って空で赤色に炸裂したそれは、さぞや目立ったに違いない。 ダットサイトの照準を合わせ、突き進んできた黒尽くめの兵士にACRの銃弾を叩き込む。撃ち倒したのを見届けたところで、ACRがカチンッと機械音を鳴らして弾切れを告げた。もう弾薬は残っていない。 「誰か、弾をくれ!」 叫んだところで、ふっと視界が暗くなった。視線を上げれば、すぐそこに黒尽くめの兵士。いつの間に迫ってきたのだ。至近距離にも関わらず、そいつは銃撃よりも銃による殴打を仕掛けてきた。咄嗟にローチは弾切れしたACRを盾にする。ガッと腕に衝撃が走り、銃が弾き飛ばされた。黒尽くめはチャンスと見てか、ナイフを抜く。ジャクソンが気付いて銃口を向けたが、間に合わない。 その瞬間、黒尽くめの兵士に黒い物体が飛び掛ってきた。毛むくじゃらの大きな、黒い生き物。クマだ。ナイフを持った黒尽くめの兵士は悲鳴を上げながら抵抗するが、ナイフよりもはるかに鋭い爪と牙、何よりも人間が勝てるはずのない腕力の前に勝機があるはずもなかった。クマの豪腕による一撃は、一発で黒尽くめの兵士を吹き飛ばした。 ローチは、すぐに逃げ出す。不思議とクマは追ってこなかった。もしかしたら、森を荒らす私兵部隊の兵士たちに怒り狂っていたのかもしれない。森を四つん這いで駆け、銃撃などものともせずに敵兵たちを薙ぎ払っていく。 「ローチ、無事か」 「何とか――あれか、救援って」 「いやぁ、さすがにクマに友達はいないな」 苦笑いを見せるジャクソンは、ふと上を見る。あれだ、と指差す先に、青空をバックに閃光が舞い降りてくる。桜色、金色、赤色、紫色、青色、水色、少し遅れて緑色と閃光の色は様々だ。まるで航空ショーのアクロバットチームだが、見せる演技は演技ではなかった。 桜色と金色の閃光が、宙で止まる。じっと眼を凝らせば、浮いているのは人だった。若い女、もしかしたらどちらも二十歳も超えていないかもしれない。それぞれ杖のようなものを持って、地面に向けている。 彼女らの行動を観察していたローチは、あっ、と短い声で驚愕した。宙に浮かぶ二人の少女が、杖からそれぞれが纏っていた色をしたビームとも言うべき破壊の力を振り下ろしたのだ。その先には、森の外に集結しつつあった私兵部隊の車列がある。いずれも軍用の防弾が施されたトラックだったが、放たれた光の渦は物理法則を無視したように車列をまとめて薙ぎ払っていく。黒尽くめの兵士たちは、逃げ惑うしかなかった。 続いて、赤色と紫色、そして青色の閃光が地面に降り立つ。ハンマーを持った幼い少女に、若い女剣士、尻尾と耳を持った獣のような屈強な男。森に展開していた私兵部隊の中心に降り立った彼女らと彼は、怯えきった兵士たちの銃撃もまるで無視して、暴風のように暴れ回った。ハンマーで殴られた者が吹っ飛び、防御する間もなく剣で切り伏せられる者がいて、拳と蹴りの殴打の前に倒れていく者。傍目に見れば虐殺だが、これで一人も死んでいない。せいぜい気絶だろう。 「もしかしなくても、魔導師か」 ローチの思いのほか冷静そうな声に、「何だ、知ってるのか」とジャクソンは驚く様子を見せた。 「Task Force141にも一人いたんだよ、管理局の魔導師が。シェパードに殺されたが……」 「なら、生き延びて敵討ちといこう。ほら、お迎えだ」 遅れてやってきた緑色の閃光が、彼らの元に着陸。現れたのは、戦場には場違いなロングスカートの女だった。 「ジャクソンさん、怪我は!?」 「俺は大丈夫だ。シャマル、それより彼を診てくれ、急ぎ『アースラ』に収容を」 「はい、お任せ!」 親しげな様子で会話するジャクソンとシャマルという女に、ローチはつくづく場違いなものを感じざるを得なかった。 とはいえ――生き残ったには違いない。Task Force141は、かろうじてまだ三名が生存することになる。 上空から、船が降りてきた。宇宙船だ。正しくは次元航行艦『アースラ』という。ローチたちを回収するため、衛星軌道から降下してきたのだ。すでに私兵部隊は圧倒的な魔導師たちの力の前に撤退を余儀なくされつつある。 「さぁ、お迎えだ」 『アースラ』を見上げて、ジャクソンは自分の船でもないにも関わらず、得意げに言う。 「ようそこ、機動六課準備室へ。同じ死に損ない同士、よろしく頼む」 戻る 次へ
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Call of lyrical Modern Warfare 2 第9話 The Only Easy Day... Was Yesterday / 奪還作戦 第三段階 SIDE 時空管理局 機動六課準備室 五日目 0705 宇宙空間 次元航行艦『アースラ』 ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 並べられた銃火器を見て、ジャクソンが真っ先に感じたのは途方もないくらいの違和感だった。何しろ、例えば彼が手に取って持つのはM4A1と言うカービン銃の一種であるが、レイルシステム と呼ばれる近年増え続ける銃への付属品の取り付け台が、完璧な状態で装着済みであった。銃身の下側にあるフォアグリップはもちろん、ダットサイトも標準装備。しかもただ装備しているので はなく、ほとんどが九七管理外世界の一流メーカーのブランド品ばかり。これをどれでも、好きなだけ持っていっていいと言うのだから本来は喜ぶべきところだろう。 しかし、と銃を手放して彼は思う。ここは、地球の武器庫ではない。所属していた米軍の装備品展示博覧会でもない。魔法で動く次元航行艦の艦内だ。そこにこの大量の、魔法の魔の字もない ような大量の銃火器である。ケーキと紅茶で彩られたお茶会の最中で、極厚のステーキをむしゃむしゃ食べる者を見つけてしまったような気分だ。 もっとも、そのステーキを食べる者は自分やギャズ、グリッグと言った九七管理外世界の軍人メンバーたちのことなのだが――ギャズは一番のお気に入りだと言うG36Cを見つけて夢中になって その感触を確かめているし、グリッグも以前使用していたM240軽機関銃を手にして早速機関部の中を確認していた。俺も似たようなものだな、とやや自嘲気味な笑みが浮かぶ。 「しかしまぁ、よぉこんなに集めたなぁ」 独特のイントネーションを持つ言葉で、感嘆とした声を上げるのは八神はやて。身長も年齢も屈強な兵士たちより下だが、こう見えて彼らのボスは彼女になっていた。銃にはあまり慣れていな いはずだが、はやてでなくとも誰だって、ずらっと並んだ銃火器の群れを見たら感情の一つも動く。いや、ひょっとしたら見慣れてない分、彼女たちの方が驚いたかもしれない。 集められた銃火器は、全て"ミスターR"と言う人物からの支援だとジャクソンは聞かされた。あのオッサン、どこにこれだけの銃を保管していたのだろう。とは言えありがたいことには変わりな い。これから彼らが挑むのは敵地も同然であり、しかも極寒と言う厳しい環境の下での戦いとなる。使える武器は多いに越したことはない。 「けど、さすがに集めすぎな感じもするね……これ、なんて銃です?」 一方、呆れたような眼で並んだ銃見て、そのうち一つ、比較的手頃そうな拳銃を持った――それにしても手と銃の大きさが不釣り合いだった――少女が、ジャクソンに問う。名前を、高町なのは と言った。はやてが長を務める機動六課準備室の一人にして中核メンバーで、管理局の中では特に『エースオブエース』と呼ばれるほどの魔導師。そうは言っても、明らかに手に持つ拳銃が似合わ ない少女であるには変わりなく、魔法が使えなければ彼女もはやてと同じ、本当に普通の女の子だ。 「そいつはデザートイーグルだ。当たれば熊だって一撃で仕留められる――ここにいるお嬢さん方には似合わないが」 「重たいですしね……私はやっぱりレイジングハートの方がいいな」 大型拳銃を手放して、代わりになのはは「ね」と首元に引っ掛けていた赤い宝石に呼びかける。「YES」とか言って、レイジングハートと呼ばれた赤い宝石は答えた。インテリジェントデバイスと 言う人工知能を持ったいわゆる『魔法の杖』だそうだが、目の前に並ぶ無口な銃火器たちには対抗心でも抱いているのだろうか。どうも口調が強いような気がした。 ともあれ、戦力はこれで整った。『アースラ』は現在、地球への報復作戦に懐疑的だった者たちの中でも特に高い階級と指揮権を持つクロノ・ハラオウンを報復強硬派から奪取すべく、進路を まっすぐ第四一管理世界"キャスノー"に向けていた。現地は永久凍土の土地が大半を占める寒さを持った世界であり、しかも監視と警備は厳しいものがある。そこに少数の彼らが忍び込むのだ。 「ところで、あの小僧が囚われているって言う監獄の警備は誰がやってるんだ? 強硬派は慎重派を根こそぎ逮捕したから、戦力不足って聞いたぜ」 G36Cの半透明のマガジンに早速五.五六ミリ弾を詰め込みながら、ギャズがはやてに問う。小僧、とは無論クロノのことだ。彼の言う通り、ミッドチルダ臨海空港での虐殺事件を端に発した管理 局によるアメリカ合衆国への報復作戦は、報復強硬派が証拠不十分として作戦に賛同しない慎重派を逮捕することで指揮権を握っている。おかげで二分されていた戦力はさらに少なくなり、この 『アースラ』を奪還する際にしても監視と警備の戦力は非常に少ないものだった。その後の追撃だって、影も見せていない。にも関わらず、彼らは監獄に厳しい監視の目を築いていると言う。 「早い話、傭兵よ。ミスターRとその補佐につくミスRって人が教えてくれた」 はやてはすでに、答えを得ていた。地上本部から六課を支援するミスターR、さらにその補佐についたと言うミスRからの情報だった。強硬派は地上本部の戦力を次元航行艦に載せて降下作戦を 実施するつもりだったらしいが、その地上本部の総司令官レジアス中将が報復に反対し、しかも彼の場合逮捕しようにも権限が及ばなかった。自前の陸戦隊も、決して数は十分ではない。そこで 彼らは傭兵を雇った。傭兵と言っても、いきなりアメリカに攻め込むのに必要な数を集めようとして真っ当な者が揃えられる訳がない。結果として、傭兵たちのほとんどは報酬に目がくらんだ者 やほとんど犯罪と傭兵稼業をスレスレのところで行うゴロツキ共ばかりになった。米軍は彼らを相手に奮戦しているが、それでも奇襲を受けたダメージは拭えず、まだ撃退には至っていない。 「それじゃあ、例の監獄を守るのは傭兵か。そいつらは撃っていいんだな」 「人命は守らなあかん――けどそうも言ってられなさそうやな」 渋々、と言った様子の声ではやてが言う。彼女らは魔法と言う非殺傷も可能な武器があるが、ギャズやジャクソンたちは違う。「殺すな、しかし無力化はしろ」と言うのは状況が許さなかった。 「しかし分からないのは」 ジャキ、と金属音を鳴らして、M240に弾を入れる動作をさせるグリッグが口を開く。本当に弾は入れていない。彼は銃を握って何もない虚空を狙う振りをして、引き金を引く。カチン、と小さ な金属音が鳴って、M240は火を吹かないまま動作を終える。 「どうして管理局は俺たちの国に易々と侵入出来たんだ? 人工衛星はちゃんと監視してたはずだろう」 「そこはまだ分からんけど――ミスターRとミスRが情報収集中やし、それを待つしかないな」 「ああ、そのことなんだが」 不意に、ジャクソンが口を開き、皆の注目が彼に集まった。これは極秘事項なんだが、と前置きした上で、彼は言う。 「少し前に、うちの監視衛星が姿勢制御にエラーを出してな。ロシア領内に落ちてしまったことがある」 「フムン。で、その落ちた衛星がどうしたんだ」 「グリッグ、お前がロシアの超国家主義者の一員だったとして、その衛星はどうする」 「そりゃ、拾ってバラして中身を拝借して――ああ、なるほどな」 黒人兵士は納得した様子で頷く。おおむね、彼の言わんとすることが見えたようだった。つまり、ロシア領内に落ちた米軍の人工衛星は情報を引っこ抜かれて、超国家主義者か、あるいはロシ ア軍内部の不届き者の手で闇市かその他のルートで売り捌かれたのだ。それとも売ると金が動いて目につくから、別の無害そうなものに偽装して譲渡が行われたのかもしれない。譲渡された側は その分、便宜を図ってやると言うことだ。 「だとしたら、ますます厄介なことになるなぁ」 「しかもややっこしい、ね」 はやてとなのはの表情が歪む。仮に売り捌かれたのではなく超国家主義者からの譲渡だとしたら、管理局は見事に米軍との同盟関係を自分自身の手で破壊してしまったことになる。祖国ロシアを 追われ、数多の次元世界に逃げ込んだ超国家主義者たちは、自分たちの敵を潰し合わせる気なのだ。 急がねばなるまい。指示が下りて、『アースラ』は次元の海を進む速度を上げた。一刻も早くクロノを奪還し、指揮権を取り戻さねば。アメリカも、管理局も、取り返しのつかないほどの大打撃 を被ることになる。その時笑うのは、狂犬だ。超国家主義者たちのリーダー、マカロフが。 SIDE Task Force141 五日目 0548 ロシア ヴィホレフカ 第36石油採掘リグ ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 そこには、暖かいコーヒーも安心して眠れるベッドも無かった。否、本来であれば人間はそこでは生きていけない。それほどにまで厳しい環境の下であっても、彼らは戦いに身を投じなければ ならなかった。つくづく、人間とは業の深い生き物なのだなと実感させられる。まったく、戦争など暖かくて過ごしやすい、快適な気候の下でやるべきだろうに。 「戦う場所など、どこにでもある」 そう言って、彼らの指揮官、シェパード将軍は出撃を命じた。一応、「君たちを肉挽機に送り込むような作戦だとは承知しているが」と無茶を言っている自覚がある様子だったが、それにして も酷いものだ。肉挽機と言うよりは、冷凍庫と言うべきだろう。我々はTシャツ一枚でマイナス三〇度の冷凍庫に放り込まれたようなものだ。しかしそうは言っても、まだ海中の方が暖かいと言う のだから洒落にならない。 ローチは今、海中に身を置いていた。防水、防寒どちらも完璧でなければたちまち凍死と溺死を一度に両方味わえそうな、北の海だ。カムチャッカ半島近海。その東側に位置する石油採掘リグ が、今回の目標だった。つまり、敵はロシアということか。アメリカ合衆国が異星人に侵略されている最中にある最中にあると言うのに、シェパード将軍は同じ地球人と戦争をする? 「進む方向が違う気がします、将軍。我々も戦いに加わるべきでは」 隊の分隊長であるマクダヴィッシュ大尉もこれはおかしい、と考えた。だけども、最初にシェパードが言った言葉を聞かされて、彼は納得した。それと同時に、自身が部下の手前で無神経なこ とを言ってしまったのだと気付き、顔をしかめた。部下の一人、今はローチと同じく潜水服を着て海中に身を潜めるティーダ・ランスター一等空尉は表情を変えなかったが、決して機嫌よさげと 言う訳でもなかった。彼の出身は異世界ミッドチルダ、現在アメリカを蹂躙している時空管理局のお膝元なのだ。Task Force141は地球の各国軍隊から集められた精鋭のほかに管理局からも優秀な 者を引き抜いて構成されたが、それはアメリカと管理局の同盟が崩れるより前の話だからこそだ。ティーダの立場は、言ってしまえば裏切り者であるに違いない。 それでも彼がTask Force141の任務に付き従うのは、この戦争が裏で仕組まれたものだと知っているからだ。ウラジミール・マカロフ。ロシアの超国家主義者の新たなリーダーにして、アメリカ と管理局を潰し合わせる狂犬。 部隊は南米で彼と取引のあった武器商人を捕らえ、『尋問』することで情報を得た。マカロフは、ある人物を憎んでいると同時に恐れている。『囚人627号』と呼ばれるその人物は、現在ロシア の収容施設にて投獄されていると言う。 しかしそれなら、何故ロシア政府に連絡しないのだ。海中の中、目の前を泳いでいく魚の群れを横目に眺めつつ、ローチは最初にその話を聞き、それから任務を通達された際に感じた疑念を脳 裏に蘇らせていた。超国家主義者との内戦にどうにか勝利したロシア政府は疲弊し、しかし囚人一人も差し出せないほど落ちぶれているとは思えなかった。 そこで見せ付けられたのが、数枚の衛星写真だった。収容施設らしい古めかしい城と、その進路上に立ち塞がるように存在する海上の石油採掘リグ。これらにはいずれも対空ミサイルが設置され ており、迅速な移動に欠かせない空路にとって大きな脅威となっていた。ロシア軍ではない。超国家主義者たちが、地球に戻ってきたのだ。彼らは内戦終結後も未だロシア内部に残る超国家主義者 たちを支持する一部の軍官僚の手引きで、『囚人627号』までの道を遮る構えを見せていた。マカロフは、おそらくこちらが『囚人627号』の存在と居場所を捉えたのを知り、ただちに阻止の構えに 入ったのだ。 ならば、排除するのみ――マカロフを表舞台に引きずり出し、合衆国の身の潔白を証明し、誤解を解かねばいつまでも管理局とミッドチルダの人々は憎悪の炎を消さないだろう。かくして部隊は 動き出し、まずは経路上に存在する石油採掘リグの脅威の排除に乗り出した。 空からの侵入は手っ取り早いが、対空ミサイルに迎撃されるリスクを考えれば避けられるべき手段だ。米海軍第六艦隊の支援を受け、Task Force141は海路からの侵入を立案し、実施した。ロー チは、その急先鋒に任命されたのだ。あぁ、楽だったのは昨日まで。おかげで俺たちゃ冷たい海中でお魚ゴッコ。まったく泣けてくる。 「USSダラス、チーム2発進。作戦開始」 「ホテル6、目標まで残り六〇メートル」 魚雷のような形をしたSDV(SEAL輸送潜水艇)に乗って、ローチたちTask Force141は潜水艦より発進。ディープブルーの海中を静かに素早く進行し、途中、潜水艦『ダラス』より発進した友軍と 合流。挨拶もそこそこに、まっすぐ石油採掘リグへ向かう。 最初のうちに見えるのはひたすらに青い海であり魚であり、聞こえてくるのは鯨の鳴き声の他は友軍の交信程度だった。しかし観光気分には浸れない。一〇分もしないうちに、視界には明らか に人工物であると思しき柱が海中より突き出ている光景が映る。この上が目標の石油採掘リグだ。前の席でSDVを操作していた隊員は直下に到達するなり、操縦席を離れて上を指差しながら泳いで 海面まで進んでいく。ローチも付き従い、すでに操る者がいなくなったSDVより離れた。ヒレをつけた足で水を蹴って、上昇。途中でスピードを緩めて、ゆっくりと海面から頭を出す。 ようやく海中から頭だけ抜け出せた。最初に頭上に見えたのは、石油採掘リグの床。少し進めば、吹き抜けになっている部分で背中を晒した敵兵士の姿が見えた。超国家主義者の手下だろう。 一応海中からの侵入を警戒して配置されたのだろうが、あまり真面目に勤務している様子ではない。ロシア語の会話が聞こえる。おそらくは同僚同士で愚痴を吐いているのだ。 「配置に就いた、タイミングは任せる」 通信機に、マクダヴィッシュ大尉の声。そうか、二人いるなら同時に始末せねば通報されてしまう。納得して、ローチは出来る限り波や水音を立てないようゆっくり、敵兵の足元にまで迫る。 銃で撃ち殺すのもありだが――ここは敵地だ、弾薬の欠乏は非常にまずい。ナイフを引き抜いて、タイミングを図る。チラッとでも敵が海面を見下ろせば気付かれる距離、しかしローチは大胆 にも水を蹴り、勢いをつけて海面から上半身を出す。と、その時一瞬早く、向こう側にいた敵兵の背後に黒い影が走った。あ、と短い悲鳴と共に、水中に引きずり込まれる敵。何だと自分が狙う 相手も驚き身構えたが、もう遅い。兵士の手が伸び、彼の衣服を掴んで海中へと引きずり込んだ。 「!?!?!?!?」 誰だって、いきなり水の中に放り込まれたらパニックに陥るだろう。ローチが引きずり込んだ敵兵が、今まさにそんな状況だ。ごめんよ、と形式ばかりの謝罪の言葉を胸のうちで呟き、彼はナイ フの刃を敵の首に突き立てた。一閃、青の世界に文字通りの血の赤が広がり、じたばたと抵抗していた敵の動きが止まる。そのまま海底に向けて放り投げれば、身じろぎ一つせず落ちていく。まず は第一関門突破。哀れな死体を見送って、ローチは先に浮上し石油採掘リグに上がった仲間の手を借り、上陸を果たす。 すでに送り込まれたTask Force141の隊員たちは潜水装備を排除し、各々銃を構えて鋭い視線で周囲を警戒していた。副官のゴーストは脱ぐのが面倒なのか黒尽くめのまま、いつもの骸骨を模し たバラクラバで顔を覆っていた。指揮官マクダヴィッシュ大尉は、わざわざ重ね着してきたのだろう、迷彩が施された野戦服の上にチェストリグなど装備一式。 ティーダはどうしたのだろう、と思ってローチは階段を上りつつ視線を泳がせれば、先に上の階でバリアジャケットを着た魔法使いが警戒待機に就いていた。そういえばこいつ、水中ではこち らと同じ潜水服を着ていたはずなのだが。 「へい、ティーダ。お前さんのその服、万能じゃなかったのか。それとも水には潜れない?」 「いいや、潜れるさ。大事な一張羅を濡らしたくないだけで」 なるほど、魔力の節約ね。勝手に納得しながら、歩みを進める。 どうやら敵は完全にこちらの侵入に気付いていないようだ。すでに二名の歩哨が殺害されたにも関わらず、まったく迎撃に出てくる様子がない。ついに一名、手すりにもたれ掛かった超国家主義 者の手先を見つけたかと思いきや、暢気にタバコを吸っていた。やる気がないのか、それとも休憩中なのか。どちらにせよ、ローチたちがやることは同じだった。 「交戦を許可する。消音のみでやれ」 マクダヴィッシュの指示。言われるまでもなく、ローチはサイレンサー装備のM4A1、M203グレネードランチャー付きにレッドサイトの豪華な小銃を構えて、敵を狙う。プシュ、と気の抜ける小さ な音がして、頭を撃ち抜かれた敵は悲鳴もないまま手すりの向こう、海に落ちていった。グッナイ、底でお仲間が待ってるよ。 続いて、部隊はすぐ近くの扉に駆け寄った。情報では、この石油採掘リグで作業に従事する民間人がみんな人質になっているという。第二の関門、人質救出作戦だ。もっとも、闇雲に突入すれば 超国家主義者たちは躊躇いなく人質を殺すだろう。そうなればロシア政府は今後のTask Force141の国内での活動を拒否するかもしれない。 出番だ、とゴーストに肩を叩かれたのがティーダだった。魔法で、扉の向こうの敵と人質の配置を調べるのだ。目立たぬよう陰に伏せて、ティーダは魔法陣を展開。少しの間眼を閉じたかと思え ば、扉の方に向き直ってその奥を見据える。どのように見えているかは分からない。けども、大事なのは情報だ。 「右の入り口側に二名、左の入り口に四名、中央に一名。人質は二人いるな、左右に一人ずつ」 「上出来だ。ゴースト、ティーダは右から。俺とローチが左。あとは周辺警戒、突入後に人質保護だ」 指揮官の指示が飛んで、各員は配置に就く。ローチは壁に張り付き、マクダヴィッシュの合図を待つ。彼がやれ、と眼で訴えたところで、爆薬を持ち出した。扉にセットし、起爆。轟音と爆風 が一度に巻き起こり、それに怯むことなく、兵士たちと魔導師一名は一気に突入。 飛び込んだ先でローチが最初に見たのは、手足を縛られ目隠しされ、オレンジの作業服を着た民間人。彼を盾にするような形で、白い雪原迷彩を着た敵兵たちが四人、各々突然の襲撃にうろた えながらも反撃の姿勢を見せている――ふざけるな、人質を盾にとは卑怯者め。M4A1のレッドサイトに、民間人を前に突き出し、それでも隠しきれていない敵兵の姿を捉える。引き金を引けば軽 い反動と共に弾が放たれ、敵を殴り飛ばす。素早い、しかしスローモーションのように見える銃口の移動でもう片方を同じように射殺。左側は残り二人、視線を右に向ければマクダヴィッシュの 持つM4A1の銃身が、すでに敵を捉えていた。銃撃、残った敵も掃討される。右側にいた敵は、とさらに視線を向ければ、ゴーストとティーダが各々の得物でテロリストどもを鎮圧していた。 クリア。敵の排除と人質の救助に成功した。ただちに後方で待機していた味方がやって来て、民間人の傍に駆け寄る。彼らは酷く怯えている様子だったが、怪我はなさそうだ。 「セクション2-Eの人質を確保した。チーム2、このまま人質の保護と脱出を。俺たちは上に上がるぞ」 「了解です、大尉。ご武運を」 その場をチーム2に任せて、部隊はさらに階段を上る。まだ、人質はこれで全員が救助された訳ではなかった。北の海で、戦争はまだ続く。 つくづく思う。超国家主義者たちは国を追われ、数多の次元世界に逃げ出した。彼らはそこで息を潜めて活動し、管理局や米軍の眼を掻い潜って生き延びてきた。しかし、それならもっと奴ら は貧乏であるべきではないのか。だから、どうして、国を追われたテロリスト風情が、ヘリコプターなんぞ持ってくるんだ。 二回目の人質を、先ほどと同じように扉を爆破して突入し敵を制圧、救助したところで、彼らは耳障りなローター音を耳にした。屋内から窓の外に眼をやれば、本来アメリカ製であるはずの小 型ヘリ、OH-6が飛び回っているではないか。そのままでは非武装の偵察ヘリゆえにそこまで脅威にはならないが、超国家主義者たちは無論それでは手ぬるいとして、ミニガンを搭載していた。い くらTask Force141が精鋭とは言っても生身の歩兵には違いなく、武装したヘリが掃射を始めたらひとたまりもない。おかげで、彼らの行動はずいぶんと制限されてしまった。具体的には、迂闊に 前に出れないでいる。 悪いニュースは、もう一件。人質はさっさとチーム2が連れ出してくれたはよいが、倒した敵兵の中に無線機を持っている奴がいた。スイッチを入れっぱなしにしてくたばったらしく、ロシア 語で慌てふためく声を誰もが耳にしていた。 「大尉、こりゃあ団体さんが来ますぜ」 「手厚く歓迎してやろう。ローチ、プランBだ」 またですか、大尉。雪山でもそうだったじゃないですか。ぶつぶつ文句を言いたくなるのを我慢しつつ、ローチはC4爆弾を持ち出した。哀れにも亡くなった敵兵の死体にそいつをセットして、起 爆装置を持ち出したままにその場を立ち去る。「何だよ、プランBって。バカのB?」といまいち言葉の意味を知らない様子のティーダも連れ出して。 部隊は各々物陰に隠れた。しばらく前方を監視していると、武装したOH-6の援護を受ける形で超国家主義者たちがわらわらと押し寄せてきた。皆、銃を構えているがこちらの存在に気付いた様子 まではない。おそらく人質を監視する仲間との交信が途絶えたので、警戒しながら様子を見に来たのだ。何も知らない彼らは吹き飛ばされた扉を見て驚き、人質がいた部屋に入っていく。 敵兵たちはそこで目撃しただろう。仲間の死体と、それにセットされた爆弾を。人間爆弾とはこのことだ。 「スタンバイ…スタンバイ……ローチ、やれ」 機を見て、マクダヴィッシュの合図。起爆装置のスイッチを押せば、敵兵たちが入っていった部屋で爆風が巻き起こった。割り散らされるガラス、吹き出す黒煙。中にいた者がどうなったのか は、神のみぞが知るというところだ。 爆発があがったのを見て、ようやく敵もこれが罠であることに気付いたらしい。一斉に後退を始め、ひとまず建て直しを図ろうとする。その背中に、Task Force141はありったけの銃弾を叩き 込んでいく。銃声、怒号、悲鳴。もはやこちらの存在を隠し通すのは不可能となった。 「司令部、こちらホテル6! 敵にバレた、交戦中!」 「了解、ホテル6。まだ最上階に人質がいる、そこを制圧しなければ屋上の対空ミサイル排除は不可能だ」 よかったのかな、人質いるのに派手に爆破しちゃって。雑念がちらりと脳裏を掠めて、しかしローチは目の前の戦闘にまずは集中する。M4A1を前に突き出し、前進しながら銃撃、銃撃、銃撃。 カチンッと銃が小さな機械音を鳴らして、薬室がオープンになる。すかさず物陰に伏せて、チェストリグから新しいマガジンを引き抜き、マグチェンジ。コッキングレバーを引いて、銃に新たな 命を叩き込み、再び銃撃を開始しようとする。レッドサイトの向こうに、ヘリのライトが眩く光ったのはその瞬間だった。まずい、と生存本能が警鐘を鳴らす。 盾にしていた物陰が、鋼鉄のコンテナだったのは幸いだった。敵のOH-6が、ついにその牙を剥いたのだ。唸る銃声は、獣の咆哮の如くだ。ミニガンが放つ銃弾の雨は、石油採掘リグの一部分を 滅茶苦茶に蹂躙してしまう。うわぁ、と情けない悲鳴が上がった。自分の声だった。 「ローチ、下がれ! そこじゃ身動き出来ないぞ!」 ゴーストの声が通信機に響くが、それが出来たら苦労はしない。辺りを見渡しても、遮蔽物はこのコンテナくらいだった。一〇メートルも後退すればマクダヴィッシュたちのいる物陰もあるが 敵は見過ごしてくれないだろう。牽制の銃撃を頼もうにも、そうすれば今度は撃った方に猛攻が浴びせられることになる。 いきなり、目の前に何かが落ちてきた。何だ、と見てみれば、対戦車ロケットのRPG-7ではないか。何故これが急に。よくよく視線を辿れば、橙色をした一見ロープのような、しかし明らかに魔 法の類いと思われる縄がRPG-7を引っ張っていた。縄の根源を眼で追っていけば、ティーダがいた。彼も銃撃に晒されないよう隠れながら、しかしワイヤーガンの要領で手近にあったRPG-7を魔法の 縄で掴み、戦友の元へ寄越したのだ。 「飛び上がって奴さんの注意を引く。そいつで落としてくれ」 「おい、ティーダ」 「頼むぜ」 一方的かよ、勘弁してくれ――制止も聞かず、ティーダは文字通り物陰から"飛び"上がった。魔法使いだけに許される空中浮遊、飛行魔法だ。武装ヘリは突然舞い上がった、コスプレ紛いの妙な 格好をした魔導師に一瞬呆気に取られ、しかしすぐに敵と認識。ミニガンの銃口を、ティーダに向けた。回転する銃身、放たれる赤い曳光弾。魔法使いは左右に飛び回って照準をかわすが、いつ まで続くか。危なっかしい奴だ。RPG-7を受け取ったローチは、敵がそっぽを向いている隙に狙いやすい位置に移動し、構える。 ヘリのパイロットと、視線が合った気がする。照準した瞬間、ローチはそんなことを考えた。さぞかし驚いたことだろう。引き金を引けば、そんな雑念は文字通り吹き飛んだ。放たれた対戦車 ロケットは何の躊躇いもなくOH-6のコクピットに突っ込み、直撃、爆発。胴体もローターも木っ端微塵に砕け散って、武装ヘリはその場で解体された。 「奴は逝っちまった。ナイスショット」 「時間を食ったな…急ごう。ティーダ、降りて来い。歩調を合わせてくれ」 「了解、大尉殿」 仲間の声を聞きながら、ローチはRPG-7の発射機を投げ捨てた。やれやれ、撃墜したのは俺なのに。何だかあいつがみんなイイとこ持っていった気がする。 「やっぱりプランBはまずかったんですよ! BはバカのBですよ、もう!」 「ローチ、分かった、俺が悪かった、だからとりあえず今その怒りは敵にぶつけろ」 煙幕の中で、男たちの怒鳴り声が響く。銃声と爆音に負けないくらいの声だった。そのくらい、ローチは現在の状況に怒りを覚えていた。マクダヴィッシュに八つ当たりするほどだ。彼も彼で 面倒くさいものを見るような眼をして適当にあしらい、煙の向こうにいる敵を撃つ。当たったのか当たってないのかは分からない。全て煙が邪魔していた。 ヘリを撃墜し、敵の妨害を撥ね退けながら、ついにTask Force141は最上階に到達した。だが、ここで敵は最後の抵抗を試みた。ありったけのスモーク・グレネードで煙幕を張って、サーマルゴ ーグルを装備した狙撃手を配置し、ローチたちの視界を奪ったその状態で一方的な銃撃を行ってきたのだ。おまけに、狙撃手の援護を受けて敵は勢いづき、煙幕の中を突っ切って進んで来る。 絶対これあれだ、プランBで派手に爆破したからだ。気付かれたから敵に準備させちゃったんだ。畜生。見えない敵に向かって適当に銃撃しながら、ローチはとにかく煙幕を突っ切った。何しろ 敵は、ようやく煙が晴れてきたと思ったらまたスモークをばら撒いて来るのだ。立ち止まっていたらいつまでも撃たれる。そこで闇雲にでも進んだのだが、視界は限りなく悪い。後悔しようにも、 もう敵陣深く入り込んでしまっていた。 ふと、煙の奥に誰かいる。敵か、味方か。こういう時、野戦であるなら合言葉を言うのだが。こっちが「スター」と言えば、相手は「テキサス」と言う。もし言わないなら敵であるから撃って しまえ、と言う具合に。しかし、発声して位置がバレたら。ほんの一瞬の躊躇が、彼に前進を命じた。もっと近付いて確認しよう――煙を突っ切って、銃床を振りかざしながら突っ込む敵兵だった。 ガッと、とっさに構えたM4A1に衝撃が走る。超国家主義者の振りかざした銃床を、どうにか受け止めたのだ。しかし、奇襲を受けたことでローチの動揺まではカバーし切れない。じりじりと押さ れ、片膝をついてしまう。くそ、こんなところで固まってたら敵のいい的だ。サーマルゴーグルで狙われるぞ。 パンッと銃声が響き、不安が現実になった。わっと悲鳴が上がり、ローチは姿勢をついに崩す。撃たれた。被弾はしてないが、足元に跳弾した弾は彼を驚かすのに充分なものだった。好機と見た 敵はすかさず追加の一撃を加えようと、また銃床を振りかざす。振り下ろされる質量、寸前で繰り出したキックがそれを弾き飛ばす。怯んだ敵兵はそれでももう一撃を加えようと――パンッ、とま た銃声。しかし、今度は違う。橙色の、魔力弾が飛び込んできた。横からの思わぬ一撃に、敵兵はひっくり返って動かなくなった。直後に、白い煙の向こうから新たな人影。今度は味方だ、ティー ダとゴーストだった。 「無茶するな戦友。ちょっとそこで伏せてろ」 「ティーダ、敵の位置を教えてくれ」 二人はローチを助け起こすと、ただちに煙幕の向こうに各々銃を構えて銃撃開始。煙のカーテンに視界を遮られても、魔法使いには見えるのだ。ティーダの指示の下、ゴーストが銃撃。あっと 向こうで短い悲鳴が上がり、それが終われば次の目標をまた探して撃つ。敵の狙撃手はまさかこちらが見えているとは思わなかったことだろう。そのツケが今、魔導師の眼によって払われている。 やがて、狙撃は止んだ。突っ込んでくる敵もついに力尽きた。今度こそ煙の中を走って、最後の扉に辿り着く。最初と同じように、ゴーストとティーダが片方を、もう片方をマクダヴィッシュ とローチがやる。爆薬セット、起爆。一気に突入し、内部を制圧する。 人質は全員無事だった。と言うのも、敵はいなかった。代わってびっしりと、C4爆弾が設置されていた。手を出せば爆破するつもりだったのだろうか、しかしその爆破する者がいない。二階に 上がって、真相を見た。起爆装置を持った敵兵が、ひっくり返って息絶えていた。おそらくティーダとゴーストのコンビに撃たれたのだ。 「司令部、人質を全員確保。回収地点Bに移動する」 「よくやった、ホテル6。これより米海兵隊が屋上のSAMを解体する。諸君は回収のヘリを寄越す、それに乗れ」 また"B"か――ローチは苦い記憶が脳裏に広がるのを感じ取った。もうプランBは勘弁だな。お迎えのヘリはOH-6だった。先ほど撃墜したのと同じアメリカ製、今度は味方であったが。 楽だったのは昨日まで。北の寒風に晒されるのを承知で、Task Force141はOH-6の外に剥き出しになった座席に腰掛けて移動する。 対空ミサイルはこれで無力化した。次はいよいよ、『囚人627号』だ。 戻る 次へ
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「二年前のことだ。俺は、管理局のある部隊と共に、超国家主義者たちのアジトに向かった」 ポツリ、ポツリと、文字通り昔を思い出すようにして、その髭面の男は語った。明らかに屈強と見て取れるほどの体格と鋭い眼光が、この時ばかりは背が曲がり、酷く気落ちしたようでもあった。 「諜報部の得た情報では、そこでろくでなし共が何かの研究を進めていると聞いた。今はそれが何であったかは、分からん。間違いなく何かの研究をやっていたとは思うが」 男は、黙って話を聞いていた隣に立つ兵士に視線をやった。腕組していたその兵士は、男からの無言の問いかけに、やはり無言で首を振る。当時の記録を当たってくれるよう頼まれたのだが、や はり失われている。男がアジトで撮影した写真や映像は、彼が捕虜になった段階で敵に持ち去られており、わずかに残る事前偵察での衛星写真も、それだけではアジトが何の研究施設であったのか を判別するまでには至っていない。 男は、アジトに潜入した部隊の唯一の生存者であり、そして証言者だった。 「罠だったんだ。超国家主義者たちは、俺たちが施設の奥深くまで侵入してくるのを待ち構えていた。どう足掻いても脱出は間に合わない、というところにまで誘い込んで、ボンッ。アジトは自爆 して、俺の部下も管理局の部隊も、ほとんどが死んだ。生き残っていたのは俺と、それからあと二人――管理局の奴らだ。名前は知らん、お互いコールサインで呼び合っていたからな」 男の視線が、ただ一人そこに存在した若い魔導師に移る。同じ時空管理局所属の者であったからには、何か知っているのではないか。残念ながら、魔導師は男の語った管理局の部隊について、あ まり詳しくは知らなかった。 一つだけ、「強いて言うなら」と前置きした上で魔導師が言うには、ちょうど同じ時期に、管理局の地上本部では有名だったエース級の魔導師が一名、行方不明になったという事実が語られた。 彼の名はゼスト、というそうだが、彼が髭面の男の言う管理局で生き残っていた二人のうちの一人なのかは分からない。 それで、と兵士が、男に話の続きを促す。髭面の男は、救助されてまだ一日と経っていないにも関わらず、葉巻を一本吸って、過去の話を続けた。 「自爆したアジトからどうにか抜け出した俺たちは、そこで待ち構えていたあのクソ共に捕らえられた。管理局の奴らがどうなったのかは分からん。俺だけが、ロシアのあの収容所に放り込まれて ――それから先は、ずっと寒さと強制労働に耐える毎日だ。今のロシアは内戦に勝ったとは言うが、支配力は衰えたままだ。収容所は超国家主義者たちの息がかかっていた。だが、それももう終わ りだ」 男が語り終えるのと同時に、新たな人物がやって来た。顔を骸骨のバラクラバで覆った兵士が、荷物を抱えて現れた。さらにもう一名、こちらは手に何も持っていない。バラクラバの兵士は年齢 が読めないが、もう一名の兵士は年若いのが見て取れた。 髭面の男が、その若い兵士の顔を見て、愉快そうに笑った。視線が、最初に腕組していた兵士に向けられる。 「ソープ、お前も部下を持つようになったか」 「そうだよ、プライス。ローチを見ていると昔の自分を思い出す」 「…何の話です?」 若い兵士は首を傾げてみせるが、プライスと呼ばれた髭面の男と、彼からソープ、と呼ばれた兵士は答えてくれなかった。代わりに、荷物を持っていたバラクラバの兵士が間に割って入る。 「マクダヴィッシュ大尉、命令の通りプライス大尉の装備一式です。しかし、救出からまだ数時間ですよ」 「いいんだ、ゴースト。このじいさんは前線に立つことを何よりの喜びとされておられる」 「"じいさん"か。お前にそう言われるようになるとはな」 葉巻の煙を吹かして、髭面の男はまた愉快そうに笑った。最初に見せた弱々しい、背の曲がった姿はすっかり消え失せていた。 「さぁプライス、一度通信室に行こう。司令官があんたと話したがってる。復帰と着任の挨拶と行こうじゃないか」 Call of lyrical Modern Warfare 2 第13話 Contingency / "火事を消すには" SIDE Task Force141 五日目 1000 ベーリング海 米海軍ヴァージニア級潜水艦『アリゾナ』 ジョン・プライス大尉 ≪地獄から戻ってきたな、プライス大尉≫ 衛星通信による通話で、初めてプライスはこのTask Force141の指揮官、シェパード将軍と対面を果たした。実際に顔を会わせているのではなく、通信機でのやり取りでだが。 「フライパンから、というべきですな」 ロシアのあの収容所もなかなかに地獄だったが、例えばプライスは"ヴォルクタ"というより過酷な収容所の話を聞いたことがある。過去、捕らわれたアメリカの諜報員がそこに送られたらしい。 その諜報員はどうにか脱出を果たし、ヴォルクタの収容所について「何をされた?」という質問に対し、「"何をされなかったのか"を聞きたいくらいだ」と返したという。地獄が――ヴォルクタ が業火で燃え盛る地獄に例えられるなら、あの収容所はせいぜい温められたフライパンの上だろう。 そうでなくとも、彼がこれから向かうのは戦場なのだから――プライスは、シェパードが自分の前線復帰をすでに知っているものと思い、話を進める。 「私がいない間に、世界は酷い状況になってるようですが…」 ≪ACSモジュールだ、大尉。超国家主義者たちの手に渡る前に回収できたと思っていたのだが≫ その話は聞いていた。かつての部下、今は立派に成長したソープことマクダヴィッシュ大尉とその部下ローチにより、墜落した人工衛星の姿勢制御部を超国家主義者たちの息吹がかかったロシア 軍基地から奪取したのだ。だが、少し遅かった。 ≪マカロフは合衆国に罪を被せて、気がつけば管理局とアメリカは全面戦争だ≫ 「まだ地球各国が静観しているようですが、事と次第によってはさらに拡大する。そうなれば悪夢だ…」 ≪ああ、まさしく地獄の業火に包まれる。それはなんとしても阻止せねば…この画像は、何だ?≫ 通信兵に断りなく、プライスはキーボードに手を伸ばして、それを指で叩く。ディスプレイに表示されるのは、ロシア海軍の潜水艦だった。ボレイ型原子力潜水艦。搭載されているのは通常魚雷 のほかに、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を搭載。これには核弾頭の装備も可能だった――核弾頭。 「油田で火事が起きたら、一番手っ取り早い消火法はさらに大きな爆発を起こすことです。酸素を奪い、炎を消す」 ≪……プライス大尉、君は先にブランクを取り戻したまえ≫ シェパード将軍は、彼が何を言わんとしているのかを即座に理解したらしい。しかし、プライスは本気だった。 「将軍、あなたは勝利のためならいかなる行為も辞さない、という考えはお持ちですか?」 ≪常に持っている≫ 「我々はすでに地獄の業火の中にいます。デカい花火が必要です」 ≪君は収容所に長くいすぎたんだ。マカロフを追うことに集中すべきだ≫ 「こんな戦争は早く終わらせる。管理局と戦争なんて、冗談にしてもクソ食らえだ…」 ≪プライス、これは"お願い"ではない、命令なんだ。君は――≫ その時、プライスの手が通信機に伸びた。いくつものケーブルを束ねるコネクタのロックを外し、引っ張る。プチッと、あっけなく切れる通信。通信兵が呆気に取られた顔で彼を見ていたが、何 事もなかったようにプライスはコネクタを元に戻す。その頃には、シェパードとの通信回線は切れていた。 通信室から出ると、通路で待っていたソープが、怪訝な表情で迎えてくれた。 「何があったんだ?」 「回線が切れちまった。シェパードから命令変更は届いてない――ソープ、その髪型は何だ」 「これか。いいセンスだろう。誰が見ても俺を俺だと認識出来る」 「そうか。若いもんのすることは分からんな」 SIDE Task Force141 五日目 1122 ロシア ペトロパブロフスクの南南東14マイル ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 「お前さ、なんか呪われてるだろ」 着陸時に打ってしまった腰が痛むというのに、人の気持ちも知らないで魔法使いが言ってきた。うるさい、と反論することは出来たが、一応命の恩人である。呆れ顔のままで周囲を警戒するティ ーダ・ランスター一等空尉を一瞥しただけで、ローチは装備の確認を行う。 今度の任務は、再びロシア政府からの要請。この地点の付近にある潜水艦基地に係留されていた原子力潜水艦が、超国家主義者とその息吹がかかったロシア政府軍部隊によって占領された。Task Force141は、これを奪還する。 内戦に勝利し、一度は国内から超国家主義者たちを追い出すことに成功した現ロシア政府は、しかし内戦によって荒れ果てた国土の再建に精一杯だった。その付け入る隙を、祖国を追い出された 超国家主義者たちは狙ったのだ。おそらく、すでに各地で潜伏しているに違いない。管理局との"不幸な誤解"によって生じた戦争が終われば、次なる敵は――思考中断。余計なことを考えている暇 はないはずだった。 ローチにとって不運だったのは、空挺降下で輸送機から飛び降りたはいいが、パラシュートが開かなかったことだ。何度もピンを引っ張るが、抜けない。落下しながら力任せにようやくパラシュ ートを開いた頃には、安全高度を下回っていた。このままでは減速が間に合わず、地面に墜落してしまう。そこに現れたのが魔法使い、Task Force141で唯一管理局より参加している空戦魔導師、テ ィーダだった。曇り空の向こうから超高速で突っ込んできた彼は減速し切れないローチの体を支え、どうにか着陸に成功する。おかげで当初の着陸予定地よりずいぶん離されてしまったが、死ぬ よりはマシだろう。 M14の狙撃仕様、M14EBR狙撃銃に異常がないことを確かめたローチは、警戒に当たるティーダの肩を叩いて「問題なし、行ける」と合図。頷いた魔法使いは、彼とともに前進を開始しようとして、 動きを止めた。拳銃のような形をした魔法の杖、彼が言うところのデバイスの銃口を、雪で覆われた森林に向ける。誰かがいる。 「ソープ、ローチとティーダを見つけたぞ。二人とも無事だ――銃口を下ろせ、俺だ」 プライス大尉、とローチは安心したかのように呟き、銃口を下ろす。髭面、ブッシュハットの屈強な兵士、プライスがそこにいた。どうやらはぐれたローチたちを探しにきたらしい。 「二人ともついて来い。ソープ、俺は二人を引き連れて行く。北西の潜水艦基地だ」 ≪了解。ゴーストたちは別ルートで向かっている≫ 片方の耳に入れたイヤホンに、今度はマクダヴィッシュ大尉の声が入る。味方の通信可能距離に入ったのだ。ホッとしながら、ローチは歴戦の猛者について行く。この男が何者かは知らないが、 とにかくあのマクダヴィッシュ大尉が信頼する人物なのだから、おそらく間違いはないはずだ。 ティーダは、と言うと――特に表情も変えず、黙ってプライスの後について行く。何も感じないのか、それともただ表情に出さないだけなのか。考える余裕も、問いかける余裕もなかった。雪 に覆われた大地は、同時に敵地でもあった。 しばらく進むと、正面に人影が複数見えた。隠れろ、とプライスが手で指示し、各々が木や草の陰に身を寄せる。M14EBRのスコープを覗けば、五人の歩兵らしき姿が映った。小銃と手榴弾で武 装し、犬まで連れている。敵の哨戒部隊に違いなかった。 「敵兵が五人、犬が一匹」 ≪犬か…犬は苦手だ≫ プライスの報告を受けて、通信機の向こうでマクダヴィッシュ大尉が心底うんざりしたような声を上げている。そんなに犬が嫌いなのか、とローチは思ったが、見上げた先の歴戦の猛者が、に やりと一瞬笑う。まるで昔を懐かしむような笑みだった。これはきっと、本当に犬が嫌いなのだろう。 「プリピャチの犬に比べたらここの犬は子猫みたいなもんだ」 「余裕ですね、プライス大尉」 「まぁプリピャチの犬も、ペリリューの日本兵に比べたらチワワみたいなもんだがな」 はい? 何ですって、日本兵? 言ってる意味が分からない。当惑しているローチを余所に、敵の動向を見張っていたティーダが何かに気付き、プライスを呼ぶ。 「プライス大尉、トラックが来ます。三両、やり過ごしましょう」 「魔法か?」 「…何故分かったんです?」 「知り合いがいるからな。隠れろ、もっと深く」 ようやく、ティーダのプライスを見る目に変化があった。この男は、以前にも魔導師と行動を共にしたことがある。それもかなり、管理局の使う魔法について熟知している。驚くと同時に、認 めざるを得ないようだった。この髭面の兵士は、伊達に年だけを取っている訳ではない。 分隊はさらに木の陰が深い場所に潜り込み、伏せた。数分後、ティーダが探知魔法で見つけたトラックが三両、すぐ脇の道路を雪を蹴散らしながら駆け抜けて行く。行き過ぎたところで、立ち 上がって先ほど見つけた敵の哨戒部隊の様子を探る。煙草を吸うため、二名ほどが残っていた。あとの三名と犬は、すでに道路を進んで行った。 「一人やれ、もう一人は俺がやる」 プライスはやる気になったらしい。ローチと同じM14EBRを構えて、雪に覆われた森林の中から敵を狙う。当のローチはと言えばティーダと顔を見合わせ「どっちがやる?」と表情と視線で問い かけたが、「お前やれよ」と彼が眼で訴えたため、銃を構えた。 ガードレールの傍に立つ敵兵二名、狙われているとは露も思わず煙草を吸っている。狙撃スコープの十字線のど真ん中に敵を捉えたローチは、引き金に指をかけ、すっと息を吸い込み、呼吸を 止めた。呼吸によって上下する手ブレを少しでも抑え、狙う。右手の人差し指にそっと力を入れて、射撃。サイレンサーが装着されたM14EBRはプスッと間の抜けた銃声を発するが、肩に当てた銃 床への反動は紛れもなく銃弾が放たれた証拠だった。数瞬もしないうちに、彼の撃った銃弾が敵兵を貫き、弾き飛ばす。もう一人、とスコープの中に映る敵の片割れを見れば、こちらも一秒遅れ で撃たれ、見えない何かに殴られたように倒れる。撃ったのはプライスだった。 「よし、進むぞ」 いい腕してるな――老兵の狙撃の腕に感嘆としつつ、ローチは立ち上がって道路を進む彼の後に続く。少し進めば、橋を手前にして敵の哨戒部隊の残り三名と犬一匹が立ちはだかっていた。もっ ともこちらに気付いた様子はない。煙草を吸う者はいなかったが、どうにも敵がすぐそこに潜んでいるとは考えてもいないようだった。 「お前は左の犬とその飼い主をやれ。ティーダと俺は右だ」 言われるがまま、ガードレールの下に伏せて銃を構えて橋の左側に視線を送る。なるほど、犬と敵兵、合わせて二つの標的がそこにある。右の方にもちらりと視線をやれば、二人の敵兵が何か 会話しているようだった。こっちはティーダとプライスが撃つということだ。自分の仕事に専念する。 先ほどと同じように、M14EBRを構える。まずは犬から、とローチは狙撃スコープの十字をジャーマン・シェパードに向けた――"シェパード"ね、なるほど――雑念が脳裏をよぎる。無視して、引 き金を引いた。小さな銃声、肩に来る反動。犬が悲鳴を上げてひっくり返り、動かなくなる。傍にいた敵兵は何事かと驚くが、次なる銃弾が放たれ、その頭を撃ち抜いた。雪の大地に崩れ落ちる敵 を最後まで見届けず、右へと視線を移す。橙色の魔力弾がまず一人を吹き飛ばし、もう一人は鉛の弾丸が撃ち倒す。敵哨戒部隊、全滅。 「ビューティホー」 どこかで聞き慣れた気のする、プライスからの賞賛の言葉。分隊は前進を再開する。 橋を渡って、坂道を行く。左右を森林に覆われた道路の向こうは、青空が広がっていた。その青色の景色に、耳障りなローター音と共に二機のヘリが現れ、横切って行く。Mi-8ヒップ輸送ヘリ、 超国家主義者たちのものだろう。気になったのは、胴体下に何かを吊り下げていたことだ。プライスがその正体を見破っていた。 「ソープ、情報に間違いありだ。ここの奴らはSAMを持っている」 ≪了解――ティーダに伝えてくれ。飛ぶな、と≫ Mi-8が輸送していたのは、対空ミサイルの発射台だったのだ。空を飛ぶものは何でも標的になる。ソープに報告すると、彼の声が通信機から発する電波に乗って分隊に届く。通信魔法である念話 にも聞こえるようになっていたが、ティーダはなんとなくバツの悪そうな顔をしていた。彼は空戦魔導師なのだが、今のところ地面を這いつくばっている。 「そんな顔をするな、ティーダ。俺と行動を共にした魔導師は文句を言わなかったぞ」 「誰なんです、その魔導師って」 空戦魔導師からの問いかけに答えようとしたプライスだったが、ハッと視線を正面に向ける。それから数瞬して、何かの音が聞こえてきた。エンジン音か。しかし、トラックやジープにしてはや けに重々しい気もした。 数秒後、道路にぬっと黒い影が現れる。鋼鉄の騎兵、ロシアのBTR-80装甲車だった。哨戒部隊と連絡が途絶えたため派遣されてきたのか。否、重要なのはそこではない。砲塔にある一四.五ミリ 機関銃が、道路を進んでいたプライスたちに向けられていた。 「敵だ、逃げろ!」 あまりに突然のことで、一瞬呆然としてしまった。プライスの叫びでようやくローチは我に返り、言われた通り逃げた。まっすぐ走っても撃たれるだけだ。敵弾を阻害してくれる障害物の多い 方向、林の中に向かって走る。 彼らにとって幸いだったのは、BTR-80も反応が一瞬遅れたことだ。まさか、こんなところで侵入者たちと遭遇するとは思ってもみなかったに違いない。そうは言っても唸りを上げる機関銃弾の 威力は凄まじく、逃げ込もうとする林の木々は次から次へと叩き折れて行った。あんなものを喰らったら、人間など原型もなくなってしまう。 走れ、走れ、走れ! 生存本能が強く命令する。雪に覆われた大地を蹴り、折れた木を乗り越え、ひたすらに林の奥へ。どれほど走ったかは分からない。気がつけば、装甲車からの銃撃は止んで いた。追ってくる様子もない。木々が邪魔して、戦車ならともかく装甲車では進んでこれないのだ。 「ここまでは追ってこれまいな――ローチ、ティーダ、無事か」 「えぇ、何とか…」 「死にかけましたよ。やっぱり空が飛びたい……誰なんです、大尉と行動していた魔導師って。こんな無茶に付き合えるんですか?」 息を切らしながら、ティーダはプライスに問う。二人の若い兵士と魔導師に比べて、まったく何でもない様子の老兵は、質問に答えた。 「クロノ・ハラオウンと言う小僧だ。今は提督だとか言っていたがな……来い、敵に見つかったんだ。間もなく追っ手がこちらにも来るぞ」 プライスの予想は当たっていた。逃げ込んだ森林を進むうちに、ライトの光がいくつも見え始めて、さらに犬の鳴き声すら耳に入ってきた。 幸い、ロシアの大自然は彼らに味方した。降り積もった雪は敵兵たちの足をもたつかせ、視線を地面へと釘付けにさせた。漂う霧は視界を奪い、白いカーテンが分隊の姿を敵から隠し通してくれ た。それでも慎重に行動するからこそ、天はローチたちを見放さなかったと言える。冬を味方につけた彼らは敵の哨戒網を潜り抜け、ついに目標の潜水艦基地の手前にある丘の頂上に到着した。 丘から見下ろすと、眼下には人家が並んでいるのが見えた。しかし、人が住んでいる様子はない。住人は超国家主義者たちに追い出されたのか、それともこの集落はそれより以前から人が住んで いないのか。肉眼だけでは得られる情報が限られていた。 「ソープ、航空支援の状況は?」 ≪AGM搭載のUAVを飛ばしている。ローチが操作端末を≫ プライスに言われるまでもなく、ローチは背中に担いできた端末を持ち出す。雪を払いのけて開けば、こんな大自然の最中には不似合いなくらいの精密機器が姿を現す。キーボードを叩き、上空 を飛行しているであろう無人偵察機プレデターの操作画面へ。偵察機とは言っても対地ミサイルを搭載しており、いざとなれば空から攻撃が可能である。 端末のディスプレイに浮かぶ灰色の画面に、プレデターが捉えた地上の様子が映る。目視照合にて、丘の下に並ぶ集落と同じものが映っていることを確認。敵兵らしき姿は、とりあえず見当たら ないが――カッ、と何かが一瞬、画面の中で光った。集落の中央からだ。白煙が吹き上がり、雪が舞い散る。何かが打ち上げられた。何だこれは、と思ったその時、画面が揺れて、砂嵐が映り、す ぐに何も見えなくなった。端末から眼を離すと、集落の上空で黒煙が一つ巻き起こっている。 「くそ、撃墜された」 ≪何があった?≫ 「さっき言っていたSAMだ。プレデターが撃墜された。ソープ、予備を出せ」 ≪何だって、参ったな。プライス、プレデターに予備はないんだ≫ プライスが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。航空支援がないとなると、あとは独力で進むしかなくなる。敵が重火器や武装ヘリを投入してくれば、かなりの困難が予想された。 ところが、ローチが役に立たなくなった端末を閉じようとすると、隣にいたティーダが立ち上がった。それだけで、彼は魔導師が何をするつもりなのか分かってしまった。そうだ、こいつは飛 べるのだ。 「おい、よせよティーダ。今の見たろ? ミサイルに狙われるぞ」 「そりゃ狙われるだろうけどな。航空支援がやられたんだろ、代わりは必要さ」 無茶を言うな、と視線に制止の意味を込めるが、プライスは何も言わない。少しばかり考える素振りは見せたものの、出てきた言葉は制止ではなかった。 「行ってくれるか?」 「ハラオウン提督ならそうしたでしょう。大丈夫、質量兵器に落とされるほどヤワじゃない」 ニッと笑って、空戦魔導師は二人の兵士に背中を見せた。雪の大地の上に魔法陣を展開し、「それじゃ」と気軽な言葉を残し、飛び上がっていった。まるでもう地面を這いつくばるのはうんざり だ、と言わんばかりに。青空の向こうにティーダの姿が消えて行くまで、そう時間はかからなかった。 「大丈夫なんですか、本当に」 「信じるほかあるまい。それよりローチ、奴を助けたいならあのSAMを破壊するぞ」 疑問と言う体裁は取っていたが、実質批判的な声をプライスは受け流す。それどころかこの老兵は、ローチを置いて先に進んでしまう勢いだった。現に、雪が固まり氷状になった丘の斜面を一人 で先に下りていってしまう。あぁもう、と悪態を吐き捨て、ローチも後に続く。 SAMは集落の中央にあったが、プレデターの侵入に気付いた敵はとっくに警戒態勢に入っているだろう。だからこそ撃墜したのだ。プライスを追って集落に入ったローチは、人家の陰から次々と 白い雪原迷彩を着た兵士たちが飛び出してくるのを目撃する。装備はAK-47やFA-MASなど東西陣営の混成、超国家主義者たちの奴らだ。 丘の斜面から下りてきた二人の兵士を見つけた彼らは、即座に迎撃の構えを見せた。誰何など関係なく、手にした銃火器を撃ち放ってくる。嬉しくない歓迎だ、と思いながらローチは物陰に身を 寄せて、M14EBRで撃ち返す。もはや消音の必要はない。銃声が集落で木霊し、激しい銃撃戦が繰り広げられる。 プライス大尉は、と狙撃の最中で老兵の様子を探るが、M14EBRを手放した彼はどこで拾ったのかAK-47に切り替え、同じように物陰に陣取って迫る雑兵を撃ち倒していた。撃っては移動し、撃っ ては移動を繰り返す。敵はプライスを追い掛け回すが、歴戦の猛者は銃弾を浴びせられても少しも動じず、逆に撃ち返して敵に出血を強いる。何者だあのじいさん、とローチは思わず見とれそうだ った。 パンッと乾いた銃声が響いたような気がした。ハッとなって振り返ると、すぐ傍で弾を喰らったらしい敵兵がひっくり返ってのびていた。待て、俺は撃ってない。誰が撃ったんだ。射点を移動 しながら敵の様子を伺っていると、また銃声が響き、一人の敵兵があっと短い悲鳴を上げて雪の大地に転がり倒れた。狙撃だ。しかしどこから。そこでようやく思い出す。上空に上がったティー ダだ。天空からの援護射撃。 ≪ローチ、二〇〇メートル先の人家の陰だ。SAMがある≫ 「ティーダ、お前か」 ≪そうだよ、早く壊せ――あぁっ、こっちにミサイル向けやがったぞ。急げ≫ なるほど、観測もやっている訳だ。通信を終えたローチは、物陰から飛び出し、走った。途中、死んだ敵兵の腕からRPD軽機関銃を奪う。ベルト給弾式、弾はまだある。そいつを滅茶苦茶に敵兵 に向けて撃ち放ちながら、SAMの発射台に急いだ。あと二〇〇メートル、一五〇メートル、一〇〇メートル、弾切れ、RPDを捨てる。USP拳銃を引き抜いて、乱射しながら走る。残り八〇メートル。 その直後、集落の中央で爆風が巻き起こった。おわ、と悲鳴を上げつつも咄嗟に伏せる。何だ今のは、SAMの発射台がある方向だった。黒煙が立ち上る方角を見つめていると、複数の銃声がこち らに迫りつつある。聞き覚えのある銃声だった。五.五六ミリ弾の発砲音。西側装備だ。このロシアの大地で西側の銃火器で装備を統一している部隊と言えば、今のところローチとプライスを除け ばあとは一つしかない。 「撃つなよ、ローチ! 味方だ! 俺だ、ゴーストだ!」 やはりそうだった。別ルートから進行していた、Task Force141の現場副官、ゴースト率いる別働隊だった。SAMを破壊したのも彼らだった。 「助かったぞ、中尉」 「どうも。しかし連中、これでカンカンに怒るでしょうね」 出迎えたプライスの握手に答えるゴーストだったが、目的地はまだ先だった。これだけ派手に銃撃戦をやって、潜水艦基地の敵が何も構えていない訳がない。 案の定、超国家主義者たちに奪われた潜水艦基地は厳戒態勢に入っていた。ヘリポートではMi-24Dハインド攻撃ヘリが離陸準備中で、ローターはすでに回転しつつあった。付け加えるなら、歩 兵や装甲車すらもが走り回って各々が配置に就く途中だった。 Task Force141が、ハインドの離陸や敵の配置完了前に攻撃位置にたどり着けたのは、まさしく幸運と呼ぶほかない。それとも、精鋭部隊が成せる技だったのか。ともかくも、攻撃するならもは や一刻の猶予もないのは誰の眼にも明らかだった。敵の配置が完了してしまえば、いかどTask Force141と言えど犠牲を強いられることになる。 「ティーダ、聞こえるか。そこから離陸準備中のヘリは見えるか」 ≪しっかり見えますよ。こいつは普通の射撃魔法じゃ落とせそうにないですね、砲撃魔法を一発当ててやらないと。大尉、クレーンは見えますか? その真下です、目標の潜水艦は≫ 無人偵察機の代わりとなったティーダは、まったく優秀な観測兵だった。敵の配置を分かりやすく指示し、さらに目標である原子力潜水艦すら見つけた。ロシア政府が要請したTask Force141へ の任務とは、この原潜の奪還こそが目的だった。 何故ならば、この潜水艦はボレイ型潜水艦と言って、核弾頭も搭載可能だからだ――と言うよりは、現に核弾頭を搭載している。弱体化したロシア軍にとって、核戦力は大国でいられる唯一の証 と言ってもよい。それを超国家主義者たちは狙い、手中に収めたのだ。核兵器がテロリストの手に。悪夢以外何者でもない。幸いにも、まだ原潜は出港していない。そこを叩いてくれとのことだ。 潜水艦への突入を試みる者は、すでに決まっていた――プライス大尉。他のTask Force141隊員は、彼の突入を援護する。 「いいぞ、やってくれ。攻撃開始」 ≪了解、攻撃開始≫ プライスの指示で、はるか上空から閃光が降り注ぐ。ティーダの砲撃魔法だった。橙色のそれが、離陸寸前だったハインドの胴体を貫き、内側からの爆風が機体を食い破る。撒き散らされた破 片が降り注ぎ、周囲にいた敵兵たちの頭上に降り注ぐ。まさしく超国家主義者たちにとっては、突然の悪夢だったことだろう。 攻撃はそれだけでは終わらない。動揺する彼らに向けて、Task Force141はありったけの銃弾を叩き込んだ。ローチもこれに加わり、M14EBRで一人、また一人と敵兵を葬って行く。まずは第一の 防衛線を突破。部隊は一気に潜水艦基地になだれ込む。 第二防衛線に到達。空からの攻撃に浮き足立つ超国家主義者たちは、襲い来る精鋭部隊の前に後退するしかないかのように思えた。アドレナリンで疲労を感じずひたすら突っ込むローチは一旦 落ち着くべく、コンクリートの柱に身を寄せ、敵の様子を伺う。それが、結果的に彼の命を救うことになった。先行しようとした味方の兵士が、いきなり正面から受けた銃撃で弾き飛ばされ、地 面を転がり動かなくなる。咄嗟に手を伸ばそうとしたが、無駄だった。身を乗り出した瞬間、ブンッと目の前を何かが唸り立てて飛び去って行き、生存本能が前に出るなと警告する。敵の装甲車、 BTR-80が立ちふさがっていたのだ。一四.五ミリ機関銃をぶっ放し、彼らの行く手を遮る。 銃撃はローチの隠れるコンクリートの柱にも及んだ。柱の欠片が弾け飛んで、わ、とたまらず短い悲鳴を上げてしまう。ここにいるとやられる。しかし、敵はそれを待っているのだ。飛び出し た間抜けな獲物を銃口に捉える、その瞬間を。 「ティーダ、砲撃魔法撃てるか!?」 ≪充填中。目標はあの装甲車か、基地のど真ん中で暴れてる――≫ 「それだそれ、早く撃ってくれ!」 上空を飛ぶティーダに砲撃要請。とはいえそれまで持つだろうか。敵も馬鹿ではない。こちらの目的が原潜の奪還であることくらい、とっくに気付いているはずだ。出港準備を整えているだろう が、それを止めるためのプライスも装甲車に道を阻まれているのでは進めない。 せめてもの抵抗として、ローチはM14EBRの銃口を柱の陰から突き出し、滅茶苦茶に乱射した。装甲車相手に効き目があるとは思えない。だが撃たれっ放しでは敵を図に乗らせることになる。敵の 銃撃が、ローチの隠れる柱に集中する。うわぁ、と今度こそ情けない悲鳴を上げて、彼は身を縮こまらせた。 ティーダ、頼む、頼むから早く。俺が撃たれて死ぬ前に――祈りが天に通じたのか、BTR-80の頭上に橙色の閃光が走る。薄い上面装甲をぶち抜かれた装甲車はたちまち爆発、炎上して機能停止。 ずるずると安心感から崩れ落ちそうになるローチだったが、やけくそ気味に天に向かって親指を立てると、前進を再開した。 「潜水艦に向かう! ゴースト、皆を連れてあの建物から援護しろ!」 「了解です! ローチ、来い! ティーダは引き続き上空援護!」 防衛線を突破したTask Force141は、西にあった門の詰所の屋上に陣取った。ただ一人、プライスが係留されている原潜へ向かう。乗り込むためのタラップを外していないのは敵のミスだった。 髭面の兵士が潜水艦に突っ込んで行くのを見送ると、ローチたちの任務はひたすらに敵の攻撃を退けることになった。 響く銃声、唸る轟音、爆風と衝撃。悲鳴すらかき消される戦闘の最中で、ローチは気付く。プライスが突入した潜水艦の、ミサイル発射管のサイロが開かれつつあるのだ。敵は、やけになってこ こで核弾頭を発射するつもりなのか。 「ゴースト! あれを!」 「くそ、敵がヤケになったか。プライス大尉、聞こえますか!? 潜水艦のサイロが開放されつつあり! 制圧を急いでください!」 プライスからの応答は、ない。それどころか、潜水艦のサイロはさらに開放が進んでいた。 「大尉、応答を! サイロが開かれてる、急いで!」 なおも開放は止まらない。これだけ叫んでいるのに、通信機は沈黙したままだった。まさかプライスはやられたのか? いや、彼に限ってそんなことはあり得ないだろう。では、何故。 「プライス! あんた聞いてんのか!? サイロが開かれてるんだよ、ミサイルが発射されそうなんだ! 早く止めろぉ!」 とうとう、ゴーストがキレた。首元のマイクに向かって怒鳴り散らす。 ここでようやく、プライスの声が通信機に入った。しかし、応答ではない。まるで独り言だった。それも、何を意味するのか、聞いただけでは分からない一言だった。 「これでいい」 何がいいのだ。Task Force141の、誰もがそう思った。まさにその瞬間だった。原潜の開かれたサイロから閃光が上がり、同時に大量の発射煙が放出されたのは――"発射煙"。姿を現すのは、SL BMだった。潜水艦搭載の、弾道ミサイル。その弾頭に搭載されているのは、確か情報では―― 「待て…待て待て待て、プライス、待て、駄目だ!」 ゴーストの言葉を無視する形で、弾道ミサイルは放たれる。凄まじい勢いで上昇して行く。撃墜は無理だった。 「核ミサイルが発射された! コード・ブラック、コード・ブラック!」 何だよ、いったい――何が起きたんだ。プライス大尉が撃ったのか。 呆然としつつ、ローチは打ち上げられた核ミサイルをただ眺めるしかなかった。彼が出来ることは、そのくらいしかなかった。 油田の火事を消すには、さらに大きな爆発が必要だった。酸素を奪い、一気に火を消す。その爆発の根源が、今放たれたのだ。 戻る 次へ
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理由は何であれ、軍に入ったのは自分がそうすることを選んだからだ。 ある者は純粋に愛国心に目覚め、国を守りたいと思ったから軍に入った。ある者は職が見つからず、他に行くところもないため軍に入った。ある者は自分の夢を果たすため、必要な金や技能を 得るために軍に入った。ある者は日常に飽き飽きし、戦争というスリルを味わうために軍に入った。ある者は軍用機や銃が好きで、実物を操作してみたいと思い軍に入った。 志願の動機は、人それぞれだ。軍に入ると言うことは、限られた選択肢の中で、それは自分が自分自身のために選び取った道だ。選んだ後になって後悔や反省はあるだろう。だが、一つだけ、 これだけは確実なことが言える。 軍に入った。その行動は、己が意志に基づいて行われたのだ。 ――EMERGENCY BROADCAST SYSTEM―― (緊急放送システム) ――PRINCE GEORGE S COUNTY RESIDENTS ARE INSTRUCTED TO GO DIRECTLY TO THE HEALTH DEPARTMENT AT 147 KIRKWOOD AVE―― (プリンスジョージ郡にお住まいの住民の方は、カークウッド通り一四七番地の保健所にお集まりください) ――PICK-UPS EVERY 15 MINUTES FROM COMMUNITY COLLEGE CAMPUS IN UNIVERSITY TOWN―― (学園街のコミュニティ・カレッジのキャンパスより、一五分ごとに出発します) ――EMERGENCY EVACUATION IN PROGRESS―― (緊急避難を実施中です) ――HEAD IMMEDIATELY TO YOUR NEAREST EMERGENCY SERVICE SHELTER―― (ただちに、最寄の緊急避難所に向かってください) ――TROOPS WILL BE THERE TO MEET YOU―― (軍の兵士がそこでお待ちしています) ――BRING A PHOTO ID AND NO MORE THAN ONE BAGGAGE ITEM PER PERSON―― (写真付きの身分証を持参し、手荷物は一人につき一つまでとしてください) ――BE AWEWRE OF YOURE SURROUNDINGS. REMAIN ALERT―― (周囲に注意し、警戒を緩めないようにしてください) ――EMERGENCY BROADCAST SYSTEM―― (緊急放送システム) 駄目だな、とその陸軍兵士は、転がり込んだ民家のテレビの電源を消した。どの局も同じ内容ばかり流している。緊急放送システムは民間人に向けたものであり、情報を欲する軍の兵士は対象 のうちではないのだ。リモコンをかつては家族団らんの中心であったであろうリビングのテーブルに置いて、銃を手にして立ち上がった。 シュガート、と兵士は、先ほどからキッチンに潜り込んで何か作業に打ち込んでいる戦友の名を呼んだ。あいよ、と返事があって、ミネラルウォーターのペットボトルを片手に冷蔵庫の陰から シュガートと呼ばれた兵士が姿を現す。薄汚れた野戦服にチェストリグと言う姿は、誰の目にも彼らがこの家の本来の住民ではないことを明らかにしていた。 「やっぱりテレビは駄目だ、どこの局も避難情報ばかり流してる。全体の戦況が窺い知れそうなものは無いな」 「そりゃ残念。いよいよ俺たち独立愚連隊だな」 シュガートにあまり残念がった様子は見られない。ミネラルウォーターを使って何をしているのかと思えば、食塩をペットボトルの中に注ぎ込んでいる。さっきから何をしてるんだ、と聞けば 彼は特に表情も変えることなく、生理食塩水だ、と答えた。何故そんなものを、と言葉には出さず眼で訴えていると、シュガートはさらっと答えた。 「食塩水は消毒液の代わりになるんだ。必要だろ、この先いろいろと」 「俺もお前も軍医じゃなけりゃ衛生兵でもないってのに――だいたい生理食塩水って、大丈夫なのか? ほら、水と食塩の分量とか」 消毒液の代わりになると言う割りに、シュガートは明らかに目分量と味見で水と塩のバランスを調整しているように見えた。彼が経験豊富な軍医や衛生兵であるならもはや感覚でそういうものを 即席で作れるのもまだ理解できるが、あいにく彼も自分もただの歩兵だった。しかも、現在は本来所属する部隊からはぐれてしまっている。 シュガートは生理食塩水を製造する動きを止めず、質問に答えなかった。「無いよりマシだ」と少々ずれた言葉だけ返してきた。本当かよ、と苦笑いし、兵士は手近にあったお菓子の入った棚 からチョコレートを見つけ出した。ありがたい、ちょうど甘いものが欲しかったところだ。 「ゴートン、食い物をあまり奪っていくなよ。一応ここ、人が住んでる様子だったんだからな」 「戦争が終わったらちゃんと返すよ」 ゴートン、と呼ばれた兵士はそうは言いながらもチョコレートの袋を開け、粒状になっていた甘い食品を口に放り込んだ。包装はディズニーのキャラクターが描かれた子供向けの代物だったが 食べてしまえば大人も子供も関係ない。甘い食感が口の中で溶けて、戦場を潜り抜けてきた身体にわずかばかりの癒しを与えてくれる。 そうだな、大人も子供も関係ない。それどころか兵士も民間人も関係ない――すでに夜だった。外はいい加減暗くなっているはずなのだが、今日に限ってそれは無かった。窓の外に眼をやれば 首都の中央、ワシントンの中心部が紅に染まっているのが見えた。夜空さえもが赤く照らされ、まるで血の滲んだカーテンのようだった。敵弾はひとまずここには飛んでこないが、今頃あの紅の 夜空の発生源は戦場であるに違いない。大人も子供も、兵士も民間人も関係なく、全て平等に命の奪い合いが繰り広げられているのだろう。 ただちに自分たちも戦いに加わるべきだ――ゴートンの心の中で、アメリカ合衆国に忠誠を誓った兵士としての部分がそう叫んでいた。だがどうする、と冷静な思考が爆発しそうになる感情を 押し止めていた。 敵の奇襲によって、彼らが搭乗すべきヘリは目の前で破壊されてしまった。指揮官は早々と戦死し、命令もままならないまま、所属する部隊は皆が散り散りになった。身体一つで空から降って きた異世界の侵略者たちから逃げ惑い、ようやく安全らしいこの地帯にまでやって来た。命令を得ようにも、自ら行動しようにも、情報が圧倒的に不足していた。通信機もなく、家の電話はどこ にかけてもほとんど繋がらない。回線がパニックに陥っているのだろう。たった二人が突っ込んだところで、何の意味もない。死ぬ覚悟は出来ていたが、その覚悟を無駄にするような死に方だけ はしたくなかった。 「誰かいるか!?」 バッと、ゴートンはソファーに座り込んでいた身体を起こした。壁に立てかけていたM16A4を手に取り、突然声の聞こえた玄関の方に眼をやる。シュガートもミネラルウォーターのペットボトル を置いて、M14EBRに持ち替えていた。警戒しつつ、二人は声の主の出方を伺う。 「海兵隊だ! いたら返事しろ!」 海兵隊? ゴートンはシュガートに眼をやった。言葉が本当なら味方に違いない。だが、迂闊に返事をしていいものか。侵略者である時空管理局の連中は、つい先日まで同盟軍だった。こちらの 言語を理解しており、味方のふりをして近付いて来るという可能性は決して拭いきれない。 返答に窮していると、ついに玄関が開かれた。現れたのは、自分たちと同じ薄汚れた野戦服とチェストリグ、M4A1やM16A4で武装した兵士たちだった。間違いない、彼らはアメリカ合衆国の海兵 隊だ。警戒しつつ、ゆっくりと屋内に入ってくる。 「撃つな、海兵! こっちは陸軍だ!」 シュガートが最初に声をあげて、やって来た海兵隊の前に出る。彼に続いてゴートンも表に出て、ようやく出会えた味方と合流を果たした。 海兵隊は、指揮を二等軍曹が執っていた。本来の指揮官である少尉はすでに戦死し、現在はシュガートとゴートンの二人と同じように情報入手と通信手段の確保を目指していたという。二等軍曹 は名前をマイケル・ナンツと言った。 「君らは陸軍か。通信機の修理は出来るか」 「いいえ、ナンツ軍曹殿。私もシュガートもただの歩兵でして…」 「そうか、仕方ないな――ゴートンと言ったな、所属は?」 「デルタです」 ほう、と二等軍曹の表情が変わった。陸軍の精鋭特殊部隊デルタフォースの猛者が、こんなところに二人もいる。頼もしい部下を得たような顔をしていたが、一方でシュガートとゴートンの表情 は、何だか微妙な雰囲気だった。海兵隊の指揮下に入れられるのが、少しばかり気に入らない。そうも言ってられない状況なのかもしれないが。 その時、通信機を持った女性兵士が、ナンツのところにやって来た。名前は聞けなかったが、なんとなく女優のミシェル・ロドリゲスに似ているように見えた。疲れているにも関わらず、彼女の 表情には喜びの色が見えていた。 「二等軍曹、やりました! 通信機が復旧しました!」 「何だって? よし、よくやった」 ナンツがただちにマイクを受け取って、女性兵士が通信機のスイッチを入れる。司令部と交信し、あるいは近郊に部隊がいるなら連絡を取り合い状況を確認し、その上で命令を受けるか独自の判 断で行動することになるだろう。 繋がったのは、ワシントン防衛部隊の総司令部だった。間違いない、総司令部なら全体の戦況も把握しているはずだ。この何をしようにも状況が分からない自体を抜け出せる。民家に上がりこん だ海兵隊と陸軍の兵士たちは、全員が通信機に耳を傾けていた。 「こちらオーヴァーロード、2-5に命令を伝える」 「2-5、どうぞ」 「ワシントンの戦況は絶望的だ。大統領は首都の放棄と民間人の脱出後、空軍による航空爆撃をもって敵を撃滅する判断を下した」 「……2-5よりオーヴァーロード、なんと言った?」 「首都を放棄する。2-5は退却せよ、爆撃に巻き込まれるぞ」 首都の放棄。誰もが耳にした。聞き違いではない。アメリカ合衆国は、もはやこれ以上の防衛戦は不可能と判断し、ワシントンD.C.を放棄する。これが何を意味するかを、ゴートンは理解して いた。 アメリカはその首都を、自らの手で焼き払わなければならない。それほどにまで、追い詰められているのだ。 ボディパックと言うものがある。戦死した兵士を収納する袋、要するに死体袋だ。これらはその時に備えて――その時とはつまり、戦争だ――ある程度の数が常に保管されている。そのボディ パックの数が、もうすぐ足りなくなる。それはすなわち、戦死した兵士たちの数が、それほどにまで膨れ上がっていると言うことだ。 大勢死んだ。敵は衛星軌道上に待機する次元航行艦を低高度、そうは言ってもこちらの迎撃がぎりぎり届かない高度にまで降りて、搭載する魔導兵器をもって撃ち下ろしてくる。召喚魔法によ って呼び出された大量の竜はワシントンの街並みを破壊し、撃破するには重火器が必要なほどだった。その重火器でさえ、数は不足しがちとなっていた。 「負傷者だ!」 何時間眠っていたのかは分からないが、ラミレスはその声で目を覚ました。地下の避難所に雑魚寝していたが、疲れはあまり取れていない。 照明を最低限に抑えた地下施設は暗く沈んでおり、電子機器の光だけがやけに目立っていた。その光を目で追っていくと、わずかに点灯していた蛍光灯に照らし出された兵士の姿があった。衛 生兵だ。見れば彼の周囲には次々と担ぎ込まれていく兵士たちがおり、黒い紐や赤い紐、黄色の紐や緑の紐を結ばれていた。 黒い紐をつけた兵士は、もう動かない。あるいは虫の息で、誰の目にももう手遅れであることが見えていた。衛生兵が忙しなく動き回るのは決まって赤い紐を結ばれた兵士たちの周囲だった。 トリアージと言って、治療の優先度を示す方法だ。緑は治療の必要がない者、黄色は治療が必要な者、赤はただちに治療が必要な者、黒は死亡、もしくは助かる見込みの無い者を示す。 ラミレスは立ち上がり、鉛のように重い身体を引きずるようにして治療の現場に向かった。衛生兵たちは懸命に負傷者の治療を行っているが、明らかに手が足りていない。赤色の紐を結ばれた 兵士の中にはまったく処置がなされていないままの者さえいた。 不意に、足を掴まれた。ハッとなって顔を振り向けば、黒い紐を腕に結ばれた兵士が、光の無い瞳でこちらを見ていた。その姿を見て、思わずラミレスは声を上げそうになった。彼は左腕を失 っており、巻かれた包帯には血が滲んですでに意味を成さないほどに真っ赤に染まっていた。どう見ても助からない、「まだ死んでいない」と言うだけの状態だった。 兵士の口が、かすかに動く。もはや声も出ないのだろうか。驚きながらも意を決し、彼の口元に耳を近づけたラミレスはかろうじて、声を聞き取った。水をくれ、と。 「なぁ、彼は水が欲しいって言ってる。飲ませても大丈夫か?」 医者ではないので、水を飲ませていいものか分からない。手近にいた衛生兵を捕まえて訊いてみた。彼は一瞬だけ躊躇った様子だったが、左腕の無い兵士の黒い紐を見ると、黙って自分の水筒 を差し出した。礼を言って受け取り、飲ませてやる。 左腕の無い兵士は、美味そうに水を飲んだ。喉仏が上下し、水筒が空になるまで。最後の一滴を飲み干した時、彼はラミレスにまた何か言った。なんと言ったのだろう。今度は聞き取れること はなかった。光の無い瞳はもはや動かず、じっと天を見上げたままだった。ため息を吐き、瞼を閉じてやる。 涙がこみ上げてきた。これでもう、何人死んだだろう。たった今、目の前で死んだ兵士のことを彼は何も知らない。名前も、出身地も。敵の攻撃は熾烈を極め、すでに所属する第七五レンジャー 連隊以外にも部隊からはぐれた兵士がこの地下施設には集まっていた。だが、みんな同じ兵士だった。アメリカ合衆国の軍隊に所属する仲間だった。戦友だった。 ドッ、と地下施設に衝撃が走った。衛生兵たちが身を挺して負傷者を庇う。蛍光灯の一つが火花を散らして消えて、天井の板が崩れて落ちてきた。砲爆撃の音が、ズンズンと響いている。敵が、 異世界からの侵略者たちはもうここまで迫ってきているのだろうか。 冗談じゃない、とラミレスは立ち上がった。時空管理局の奴ら、ここを何だと思っている。好き放題にしやがって。ここはアメリカだぞ。お前らの土地じゃない。身体は疲れ切っていたが、胸 のうちにまるで燻っていた火種に油が注がれたようにして何かがこみ上げてきた。怒りだ。怒りが、彼を突き動かしていた。 「立て、レンジャー。出撃だ」 ラミレスの怒りを汲むようにして、分隊長の黒人兵士、フォーリー軍曹が出撃命令を下してきた。副官のダン伍長は明らかに疲れた様子だったが、銃を受け取ると即座に立ち上がった。分隊は地 下施設より階段を上がって外に出る。 「聞け、民間人の避難が敵の攻撃によって遅れている。俺たちが行って時間を稼ぐ。どうよ?」 『Hooah!』 ラミレスやダンだけではない。分隊長のフォーリーも顔には出さないが、きっと疲れている。分隊の誰もが、例外なく。それでも彼らは地下施設より地上に上がり、戦うことを選んだ。 命令だから。任務だから。仕事だから。彼らを突き動かしていたのは、それらだけではない。誰もが、己が意思に従い、動いていた。民間人への攻撃を許すわけにはいかない。我らは軍隊、我 らはレンジャー、我らは兵士。それぞれが、自分のやるべきことを成そうとしていた。 Call of lyrical Modern Warfare 2 第12話 Of Their Own Accord / "俺たちの国" SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊 五日目 時刻 1835 ワシントンD.C. ジェームズ・ラミレス上等兵 燃えている。地上に上がって最初に目撃したのは、紅蓮の炎に染まる祖国の姿だった。アメリカの首都、ワシントンが燃えている。ワシントン記念碑はボロボロになっていて、その真下で友軍が 必死の防衛戦を展開していた――くそったれ、何の冗談だ。M1A2、味方の戦車が議事堂に向けて機銃を乱射している。アメリカの軍隊がアメリカの議事堂を銃撃。ジョークにしても胸糞悪いとい うのに、ラミレスが目撃した光景は紛れも無い現実だった。 敵の攻撃は、熾烈を極めていた。管理局の陸戦魔導師たちは政府関係施設をすでに占領し、ラミレスたちが目指す議事堂すらも敵の拠点となってしまっている。鉄条網と塹壕が敵のこれ以上の 侵攻を押し止めているが、味方の旗色はあまり良くない。大口径の魔力弾が降って来て、たった今追い越した友軍兵士が吹き飛ばされた。これでは負け戦も同然だ。 フォーリー軍曹はヘリによる航空支援を要請したが、司令部からは出来ないとの返答が来た。ポトマック川沿いの負傷者搬送に全力を尽くしているため、支援に回せるヘリはみんな出払ってい るとのことだった。地上戦力のみで奴らに当たれということか。嘆く余裕も暇もなく、兵士たちは燃えるワシントンの中を進む。攻撃に晒され、負傷した者には手も貸せないままに。 「司令部、我々は援護なしで西に移動中だ! 第一旅団に援護を頼みたい、中継してくれ!」 「こちら司令部、了解した。LAVを一両、そちらの支援に回す――ハンター2-1、目標の建物の北西に海軍のSEALが待機している。彼らと協力して敵を排除せよ」 総力戦だ。海軍の本領は本来なら海のはずだが、特殊部隊のSEALは陸に上がって管理局の侵攻部隊排除に回っている。司令部の命令を受け、第一旅団のLAVも駆けつけてくれた。本当は戦車の方 が装甲も火力も上で頼れるのだが、贅沢は言えない。LAVは装甲車だが、二五ミリ機関砲の威力は決して低いものではないはずだ。 魔力弾の雨を掻い潜り、砲撃で大きくへこんだ地面に足を取られながら、それでも何とかラミレスたちは議事堂の手前にまで到着した。道路を一本挟む形で、崩れかけた壁に身を潜めた。敵も こちらの目標は分かり切っているのか、遮蔽物があるのもお構いなしに光の弾丸をぶち込んで来る。レンガが割れて、運悪く壁に辿り着く直前だった兵士が撃たれ、砲撃で出来た穴に落ちた。誰 も助けようとはしなかった。身を乗り出せば次に撃たれるのは自分だからだ。 畜生、支援はまだか。ラミレスだけでなく、分隊共通の願いだった。銃だけを壁から突き出して適当に撃ちまくるが、議事堂を占拠する魔導師たちはその程度で怯むはずがない。そのうち身を 守ってくれていた壁すら魔力弾が貫通してくるようになった。敵は普通の射撃魔法では効果が無いと見るや、詠唱と集束に時間はかかるが威力の高い高初速の魔力弾に切り替えたのだ。 あっ、と短い悲鳴を上げて、ラミレスの隣にいた兵士がまた一人、壁を貫通してきた弾丸に撃たれ、ひっくり返った。手を伸ばして助けようとして、無駄だと気付く。とっくに夜なのに、炎で 紅く照らされる地面に、臓器がぶちまけられていた。畜生、と誰ともなく声が漏れる。 その時だった。突如、道路の向こうにあった議事堂の窓に小規模だが連続した爆発が巻き起こり、陣取っていた魔導師たちが吹き飛ばされていく。海兵隊のLAV-25歩兵戦闘車が、ようやく到着 したのだ。機関砲が火を吹き、なおも銃撃を試みる敵を木っ端微塵に薙ぎ倒していく。 「よし、味方が敵の頭を抑えているぞ。合図したら走れ、いいな!?」 チャンスだった。敵の注意はLAV-25に引き付けられ、壁に身を寄せるラミレスたちには向いていない。フォーリー軍曹が勇敢にも自ら壁から身を乗り出し、タイミングを見計らう。LAV-25はレ ンジャーたちの意思を汲むかのようにして、続いて銃撃を行う。議事堂の窓と言う窓にさんざん機関砲弾が叩き込まれたところで、GOの合図が出た。 「GO! GO! GO!」 押し出せ、行け、ケツを上げろ、進め兵隊、レンジャーども。脳内で、自分ではない誰かが命令してくる。否、誰かではなかった。脳裏に響く命令の声は、自分自身のものだった。ラミレスは M4A1を抱え、仲間たちと共に壁から身を乗り出し、走った。放置されている車を乗り越え、客も運転手もいなくなったタクシーを飛び越し、議事堂への入り口に辿り着く。敵の懐に飛び込んだ。 ここから先は対等な条件での戦闘だ。 壁に張り付き、中の様子を伺う。会話が聞こえた、敵の魔導師たちだ。LAV-25の機関砲に手酷くやられたらしく、悲鳴と怒号が飛び交っている。指揮官らしき者だけが、道路の向こうにいた米 軍兵士たちが姿を消していることに気付き、警戒しろと呼びかけていた。 OK、あんたの判断は正しい。言うことを聞く部下に恵まれなかったのが残念だったな――副官のダン伍長とアイコンタクト。彼は手榴弾を持ち出し、指の動きでその後に突っ込めと指示。ラミ レスは頷き、M4A1を構える。 ダンがピンを抜き、三カウントした後に手榴弾を投げる。ピンを抜いた瞬間、手榴弾は我らの戦友ではなくなるのだ。敵にも味方にも等しく、無慈悲に破壊の力を振り撒くのみ。入り口の向こ うで悲鳴が上がり、直後に爆発音。間髪入れず、ラミレスたちレンジャーが突入を開始する。 突然投げ込まれた手榴弾の爆発で、魔導師たちはパニックに陥っていた。普段なら隊列を組み、厄介な防御魔法を展開させることでこちらの攻撃を無力化しながら射撃魔法を撃って来る戦術も この時は隊列すら組まれていなかった。無防備な横っ腹に向けて、銃弾を叩き込む。銃声が響き、上がったはずの悲鳴が掻き消される。果敢にも抵抗してくる魔導師もいたが、ダットサイトが敵 の姿を映し出すのと魔法の杖であるデバイスを構えるのとでは、前者の方が早かった。引き金が引かれ、放たれた五.五六ミリ弾が敵を薙ぎ倒す。 一階の敵を掃討。議事堂の奪還はまだ始まったばかりだ。ラミレスたちは先を急ぐ。 階段を上がり、分隊は議事堂内を一階一階ごとに制圧していく。エレベーターは使えなかった。電源は生きているようだが、ラミレスが二階を進んでいる途中に見たのは、エレベーターのドアに 挟まれて息絶えている友軍兵士の姿だった。最後の一発まで孤軍奮闘したらしく、その証拠に周囲には空になったマガジンが多数放棄されていた。出来ることなら遺体を回収してやりたい。祖国を 守るために必死に戦い、そして死んだ兵士の遺体を、自動ドアがずっと閉じる、開くを繰り返しながら挟んでいた。一種の滑稽さすら感じさせられる、無残な惨状。祖国のために死んだ英雄を、こ んな形にして残しておいていい訳がない。それでも、分隊は前進を優先した。戦死者よりも、生きて避難を待つ民間人の救出支援の方が先立った。 文字通り血の犠牲を払いながら、レンジャーたちは五階に到着した。フォーリー軍曹が先頭に立って進み、警戒しながら分隊を率いていく。その時、彼の動きが曲がり角を直前にして止まった。 「何かいるぞ」と小声で言って、左腕を上げて前進停止の指示を下す。首だけ出して覗き込んでみれば、半壊した議事堂五階の南西に位置する部屋に、多数の魔導師らしき影が見えた。部屋の壁は 崩れ去っており、ワシントン記念碑が丸見えな状態になっているが、敵にとってはかえって好都合だったに違いない。奴らはここを拠点に、民間人脱出のヘリの動きを阻害しているのだ。 分隊は足音を立てぬようゆっくり、しかし迅速に部屋への入り口に忍び寄った。最初に議事堂に突入したのと同じように、手榴弾を放り込んでから一気に突入する魂胆だった。ラミレスは準備の ためチェストリグのマガジンポーチから、新たにマガジンを取り出す。M4A1に装填されていた中途半端に撃ったマガジンと交換。準備が整ったところで、レンジャーたちは突入を開始した。 まず手榴弾が放り込まれる。部屋の奥から悲鳴が上がり、直後に爆発音。GO!とフォーリーが指で突入開始の指示を下し、自身も先頭に立って突っ込む。魔導師たちは振り返って抵抗を試みるも 奇襲を受けた兵は大抵脆い。この敵も多分に漏れず、魔法の銃弾を放つ前に鉛の弾丸で沈黙させられていった。 敵を掃討し、崩れた壁なき壁の向こうに広がる光景を目の当たりにして、ラミレスはうわ、と思わず声に漏らした。ワシントンはとっくに夜の時間帯を迎えているにも関わらず、空は夕焼けに染 まったように紅い。ドス黒い煙も混じる形で。 ダン伍長が双眼鏡を持ち出し、記念碑の下に設けられている地下避難所への入り口を見る。それから記念碑より向こう側を見て、くそ、と吐き捨てた。彼は双眼鏡を指揮官のフォーリーに渡し、 見てくださいと言う。 ラミレスは双眼鏡を持たなかったが、そんなものに頼らずとも、避難所に危機が迫っているのは分かった。魔導師が召喚魔法によって呼び起こした竜だ。昨日、住宅街で大暴れしていた竜が、再 び姿を見せていた。おまけに今度は複数だった。避難所周辺に残る兵士が抵抗の砲火を上げているが、竜の進撃は止まらない。塹壕や即席のトーチカに竜は炎を吐いて浴びせて、文字通りに焼き払 う。出来の悪い怪獣映画、ラミレスの記憶では破壊されているのはいつも日本のトーキョーだった。今目の前で蹂躙されているのは、アメリカのワシントンと言う点だけがかろうじて、目の前の光 景が現実であることを教えてくれる。 「司令部、こちらハンター2-1だ。議事堂の五階南西の部屋を奪取、記念碑方面の避難所に接近する敵の竜を目視。避難所への支援が必要と思われるがどうか?」 「司令部よりハンター2-1、避難所にはまだ民間人が残っている。支援せよ」 「了解」 司令部との交信終了、分隊は竜を攻撃して避難所を支援する。しかし、竜を撃破できる重火器など誰か持参してきただろうか。最低でも対戦車火器がなければ、かえって竜を怒らせるだけになっ てしまうはずだろう。 「軍曹、竜をやっつけるのはいいんですがね。俺たちミサイルもロケットも持ってきてませんよ。重装備を運んできたヘリは昨日の夜に落とされて、川にドンブラコと流されました」 「私にいい考えがある」 ダン伍長のぼやきに、フォーリー軍曹は短く答え、そして視線でもって回答を示した。部屋の隅に、シートをかけられた何か大型の機材らしいものがあった。ひっぺ返してみると、管理局の連中 が使っている魔導兵器の一種だった。対空砲に分類されるもので、殺傷、非殺傷が選べる。射程も長く、威力も十分にあるため米軍内では要注意の通達が回されていた。 「使えるんですかこれ。俺たち魔法使いじゃないですよ、ステータスはデフォルトでMP0ですよ」 「問題ない、こいつは独自の魔力炉を持っているとの情報だ。分隊、こいつを使って竜を沈めるぞ」 滅茶苦茶だ、と誰もが思ったが、使える重火器は他にない。固定が解かれ、管理局の魔導兵器はレンジャーたちによって引きずり出された。外を狙えるよう配置がなされ、砲身が展開し、記念碑 より向こうにいる竜へと向けられる。ここまでは簡単だった。問題はこの先だ。どうやって撃つのか。ダン伍長が砲の後ろにあったパネルを見つけて開き、スイッチを操作しているが反応がない。 「どうしたブッサイク、もっと頑張れ!」 苛立ったダンが、パネルを乱暴に叩いた。するとどうしたことか、沈黙していたディスプレイに光が灯り、照準システムが起動する。「この手に限るな」と得意げにする副分隊長を差し置いて、 ともかくもラミレスは照準システムに手を出してみた。タッチパネルのようで、指の動きと砲身の向きが連動するようだった。ディスプレイに表示されるのは各種数値と、ワシントン記念碑、それ から竜。竜は青色のラインに囲まれており、照準を合わせようとするとエラーが出力された。さすがに管理局の対空砲と言うだけあって、敵味方識別装置(IFF)が搭載されているのだろう。 どうすんだこれ――山勘に任せて、タッチパネルでそれらしい部分を叩いた。強制発射など出来ないものか。それともIFFを切ってしまうようなスイッチは。反応しない。対空砲はうんともすんと も言わなかった。やはりよその世界の兵器をいきなり扱うのは無理があるか。ダンの真似をして、タッチパネルを拳で殴った。ピ、と短い電子音が鳴って、砲身が勝手に動く。自動照準、対空砲が 本来の仲間である竜に向けられた。伏せろ、と誰かの声がして、兵士たちは一斉に伏せた。ドッ、と次の瞬間、魔導兵器は青白いレーザービームを放つ。照準されていた竜は撃たれるはずのない砲 撃魔法の直撃を浴び、大破炎上。そのまま地面に崩れ落ちて死亡する。 もう一匹の竜はさすがに事情が飲み込めたのか、明らかにこちらに向けて敵意をむき出しにした咆哮を上げた。雑多な小火器で必死に抵抗する避難所周辺の米軍兵士よりも、敵に奪われた対空砲 のある議事堂が脅威だと認識したに違いない。紅の夜空を背景に、大地を踏みしめながら怪物が近付いてくる。 「ラミレス、近付いて来るぞ。早く撃て!」 「撃てないんです!」 「どうしてだ!」 「知りませんよ! 伍長が叩いたからじゃないですか!?」 それを言ったらお前もだろう、と突っ込みは返ってこなかった。対空砲はチャージの時間を終えたのか、再び勝手に動いて照準を近付く竜に合わせる。竜も正面対決の構えを見せて、口から火炎 の息吹をちらつかせていた。 逃げろ、と誰が言わずともレンジャーたちは動いていた。この場に留まっていてはまずい。分隊は魔導兵器を残し、大急ぎで部屋を抜け出した。 ラミレスは最後に部屋を出て、皆を追っていくらか走ったところで、一度振り返った。まさにその瞬間、彼らが残した対空砲は役割を果たしていた。青白い閃光を放って、竜を迎撃したのだ。竜 も直前、火炎を吐いて対空砲を破壊する。両者は意図せずして、相打ちの形となった。竜は直撃を浴びて大地に崩れ落ち、対空砲は部屋ごと業火に包まれ粉砕される。爆風が踊り狂い、衝撃がラミ レスの背中を蹴飛ばした。 数メートルを吹き飛ばされたラミレスは一瞬意識が暗くなり、しかし戦友たちがただちに助け起こす。 「ハンター2-1、よくやった! 避難所はまだ持ち堪えている! 諸君らは脱出を急げ、敵が議事堂の再占領を企んでいるぞ」 畜生、まだやんのかよ――どうにか自分で立ち上がり、回復したラミレスは戦友たちと共に、議事堂の屋上を目指す。すぐ後ろで、魔導師たちの怒号が飛び交っているのが聞こえた。 屋上に到着した分隊は、待機していたSEALと合流した。彼らはヘリを呼び寄せており、すでに議事堂から脱出する用意に入っていた。 「ここはもう持たないぞ、早く逃げろ」 「ご忠告どうも。しかし自分らの持ち場はここです」 紅の夜空の向こうから米海軍のSH-60シーホーク哨戒ヘリが、バタバタとローター音を立てて議事堂上空に接近。誘導を他の分隊員に任せたラミレスは崩れかけた階段の前で銃を構えているSEAL 隊員に退避を促すが、彼らは従わなかった。すでに階段の向こうからは魔導師たちがドタドタと足音を立てて接近しつつあるのが分かる。SEALは自分たちはヘリに乗らず、レンジャーを優先させる つもりなのだ。 風が巻き起こり、SH-60が議事堂の屋上に着陸した。レンジャーが乗り込めばまたすぐ離陸するため、ローターは回したままだ。吹き付ける風には、熱があった。火災のせいだろうか。ラミレスは なおもSEALに退避を勧めるが、彼らはあくまでも持ち場に残った。行ってくれ、とこんな状況で笑顔すら見せて。気張れよアーミー、ここは俺たちの国だ、と。 断腸の思いで、レンジャーはSH-60に乗り込んだ。途端にヘリは離陸し、議事堂を離れる。見下げた先の屋上では発砲炎と思わしき光が瞬いて、一方で地球の銃火器のそれとは明らかに異なる光 が走り、発砲炎が沈黙する。乗り込む直前に会話したSEALのあの隊員はどうなったのかは、言うまでもなかった。 また死んだ。顔も名前も知らない、しかし同じ国を守る戦友が。ラミレスは、胸のうちから何かがこみ上げてくるのを我慢できなかった。見れば、SH-60のキャビンにはドアガンとしてガトリング 機銃のミニガンが搭載されているではないか。一度は機内に落ち着けた身体を奮い立たせて、ミニガンに取り付く。 「司令部、こちらハンター2-1だ。ダガー2-1に乗って議事堂を離れた。避難所の状況は?」 「まだ避難は完了していない。彼らは第二次大戦記念碑方面から激しい攻撃を受けている」 「了解、空から出来ることはやってみよう」 フォーリーが司令部との交信を終えて、SH-60のパイロットに「やれるか?」と聞く。パイロットは親指を立てて、機を旋回させた。陸軍のレンジャーを乗せた海軍のヘリは反転し、第二次世界 大戦記念碑上空へと向かう。キャビンの扉が開かれ、ラミレス以外の分隊員たちは身を乗り出し、銃を地面に向ける構えを見せた。途中、目的を同じくとするOH-6の二機編隊と合流した。 三機編隊となったヘリは、第二次世界大戦記念碑、その中央に位置する噴水広場上空に到達。眼下には記念碑周辺で攻撃準備に入るものと思われる魔導師たちの姿と、鹵獲されたのか彼らの手に よって運用されるトラックの姿があった。 ドッと、轟音が走る。どこからか飛んできた魔力弾が、SH-60と編隊を組んでいた二機のOH-6のうち一機に直撃。乗り込んでいた兵士たちが空中に放り投げられ、機体はバランスを失って部品を 撒き散らしながら落ちていく。大地に激突することはなかった。落着する前に空中で爆発してしまったのだ。 「対空砲火だ、気をつけろ!」 「2-2が被弾、落ちた!」 くそ――ミニガンに取り付くラミレスは、ついに我慢が出来なくなった。下の記念碑にいる魔導師たち、異世界からの侵略者、敵。こいつらはどれだけ俺たちの戦友を奪えば、どれだけ俺たちの 国で好き放題すれば気が済むんだ。ふざけるな、畜生、この畜生ども。 怒りは兵士の身体を乗っ取って、理性を蹴り飛ばした。射撃命令は出ていなかったが、ラミレスはミニガンを地面にいる魔導師たちに向けて放った。回転する銃身が野獣の唸り声のような音を立 てて、銃口から放たれた攻撃の意思が大地に向けて降り注がれる。たちまち、魔導師たちが薙ぎ倒されていく。薙ぎ倒されながら、反撃の魔力弾を撃ち上げてきた。こうなれば命令など関係ない。 SH-60に乗り込んでいたレンジャーたちは、手に持つ銃火器で敵を撃つ。 「くそ、くそ、くそ、くそ」 ラミレスが罵倒の声を上げて、それをミニガンの唸り声が掻き消していく。敵はバタバタと倒れていった。 思い知れ、くそども。お前たちが来なければ、誰も死ななかったんだ。みんな死なずに済んだんだ。最後に水を飲ませてくれと言ったあの兵士も、エレベーターに挟まれて死んでいたあの兵士も、 屋上に最後まで残ったSEALの隊員も、みんな、みんな生きていたんだ。 「出て行け」 通信機が何かごちゃごちゃと言っているが、聞こえない。聞く気もなかった。今の彼は、眼下にいる侵略者たちを皆殺しにすることだけに集中していた。 「出て行け、このクソ野郎ども! 出て行け、死ね! 畜生が、何が時空管理局だ、ここは俺たちの国だ! 俺たちのアメリカだぞ!」 訳も分からず、涙が零れてきた。感情の高ぶりが、限界に来てしまったのだろうか。泣きながら怒りを露にする兵士は、ミニガンを撃ちまくる。 ガンッと、機体に衝撃が走った。被弾してしまったのだ。幸いにもまだ姿勢は維持できているが、コクピットの方からはパイロットの慌しい様子と鳴り響く警報音が、機体の状況を示していた。 遅かれ早かれ、SH-60はもう持たない。早く着陸せねば、墜落してしまう。 「司令部、司法省の屋上に多数の対空砲を確認した――おい、あの上まで飛ばすんだ。どうせ落ちるなら道連れにしてやれ」 「了解だ。しっかり捕まれ、アーミーども! カミカゼ・ダイヴだ!」 フォーリーはパイロットに特攻を命じて、パイロットもそれに応えた。被弾しながらでも飛行するSH-60は司法省上空に到達し、落ちる寸前まで搭載火器をありったけ叩き込む。司法省の屋上に 展開されていた魔導兵器は次々と粉砕され、しかしなおも破壊し切れず残っていた対空砲が、ヘリに照準を向ける。 再び、ラミレスたちを乗せた機体に衝撃が走った。今度はもう持たない。バランスを失ったSH-60はぐるぐると回転を始め、高度を急激に下げていく。ラミレスは機から振り落とされそうになり、 ミニガンに捕まって必死に耐えた。捕まる場所が落ちているのだから、あまり意味はなかったかもしれないが。それでも手が動いたのは、咄嗟の生存本能の働きだったのだろう。 パイロットが何か言っている。 メイデイ、メイデイ、こちらダガー2-1、墜落する。位置はP-B-2――最後まで聞き取ることは出来なかった。大地が目の前に迫ったかと思った次の瞬間、この 世の終わりかとも思えるような凄まじい衝撃が走り、ラミレスの視界は真っ暗に染まった。 死んだ、と意識が途絶える直前、彼は思った。 頭の中で、鐘が鳴っている。その音に混じって、銃声が聞こえていた。悲鳴も、怒号も、爆音も。死後の世界とはこんなに騒々しいのか。生きてるのも死んでいるのも、これでは変わらない。 視界がぼんやりと、しかし確実に回復してきた。回復? つまり自分は、まだ生きているのか。最初に見えたのは、ぐしゃぐしゃになってしまったヘリの機内と、外への出口を阻む残骸、未だに 回転するローター、その向こうで必死に防衛線を張る戦友たち。戦友たちの中には、フォーリーやダンもいた。みんなまとめてくたばったから、みんな一緒にあの世に来たのか。いまいち、現実感 の湧かない光景だった。 起き上がろうとして、手のひらに痛みを感じた。よくよく見れば、手にはめていたグローブがズタズタだった。手の皮が擦り剥けて、それで痛みを感じたのだ――痛み。死んでしまっては、痛み は感じられない。生きているからこそ、痛みがあるのだ――生きている。死んでなんかいない、俺はまだ生きてるんだ。 ようやく意識を取り戻したラミレスは、状況を確認する。乗っていたヘリは落ちた。フォーリーやダンが前に出てみんなと共に防衛線を張っている。燃え盛る炎の向こうから、墜落したヘリを目 標に敵の魔導師たちが集まってくる。くそ、なんてこった。まだゲームオーバーじゃない。戦闘は続行だ。 しかし手元に銃はない。墜落の衝撃で、どこかに吹き飛ばされてしまったのだろう。するとそこへ、意識を取り戻したラミレスに気付いた戦友の一人が、M4A1を持って駆け寄ってくる。 「これ持って伏せてろ!」 直後、戦友は後ろから撃たれて死んだ。遺品になってしまったM4A1、残弾はほとんどない。マガジンが一つ、それだけだ。残骸と化したヘリの機内で、それでもラミレスは抵抗することを決めた。 痛む手のひらを堪えて銃を構え、ダットサイトに捉えた敵影に向けて引き金を引く。一発、二発、三発。照準の向こうで敵がひっくり返るが、それでも魔導師たちは数に物を言わせ、後から後から 湧いて出てくる。たちまち、マガジンは空になった。カチンッと小さく機械音の断末魔をM4A1が鳴らす。 「ラミレス、これが最後だ。しっかり当てろ!」 弾切れに気付いたフォーリーが、新たな、そして正真正銘最後のマガジンを投げ渡してくれた。リロード、装填。銃に新たな命を吹き込んで、再び射撃を開始。敵は一向に減る様子がなかった。 「曳光弾、残り三発!」 業を煮やしたダンが前に出る。残り少ない弾を正確に当てようと、少しでも距離を詰めようとしたのだ。その行動は裏目に出てしまう。魔力弾の一発が、彼の肩を掠め飛んだ。あっと短い悲鳴が 上がり、フォーリーが副官を遮蔽物の影に引きずり込む。まだ息はある。だが、この状況では。 強い光が、レンジャーたちに浴びせかけられた。照明だ。こちらの位置が丸分かりになってしまう。魔導師たちはいよいよ、こちらを追い詰める魂胆だ。レンジャーたちは包囲され、逃げられな い。袋のねずみだった。 アレン先輩、いるなら助けてくださいよ――眩い光に照らされて、ラミレスは初めて弱音を吐いた。 戻る 次へ
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――俺には、何が正しくて何が悪いのか、分からなくなっちまった。 ――俺の故郷、ミッドチルダの臨海空港で起きた無差別テロは、地球の超国家主義者たちの仕業だ。マカロフって言う、シェパードの大将曰くの"狂犬"だ。 ――奴が狂犬だって言うのはまったく同意だ。罪もない人々を、どうして撃ち殺せる。しかも子供も年寄りも関係無しだ。狂ってるとしか思えない。 ――だけど、その無差別テロに、うちの隊から派遣された奴が加わっていたと聞かされた時、俺は愕然とした。 ――アレン。お前とは顔を会わせてちょっとだけどよ、いい奴だってのはなんとなく分かってた。是非俺の家族に、唯一の妹に紹介したいくらいだ。 ――だってのに、どうしてお前が。シェパードの大将の命令だってのは知ってる。奴らの中に潜り込んで、情報を得ようとしていたってのも聞いてる。そのための作戦だったんだろう? ――けどよ、それで何人死んだんだろうな。挙句、アレンだって戻ってこなかった。マカロフは知っていたんだ、アイツがうちから派遣されたスパイだってことを。 ――俺たちへの、Task Forece141への信頼はアレンと共に死んだ。今は、その信頼を取り戻そうと行動中だ。地球の、南米ってとこに向かっている。マカロフへの切符が、そこにあるらしい。 ――けど、俺にはそれが正しいことなのかどうか分からない。シェパードの大将は、マカロフが無差別テロを起こすのを知っていて、その上でアレンを送り込んで加担させたんだ。 ――ティアナ。俺の可愛い妹。兄ちゃんはもう、何が正しいのか、何が悪いのか、分からなくなっちまった。どうしてそんなことを言うのかって? 決めたからさ。 ――マカロフを倒したら、次に俺が狙うのは、シェパードの首だ。無差別テロを起こしたのはマカロフだが、知っておいて"情報"のため、黙って見過ごした奴も同罪だ。 ――だってそうだろう。そうでなけりゃ、アレンが浮かばれない。だから俺は、マカロフを倒したら、今度はシェパードを殺す。それまでは、絶対に死ねない。 ――ティアナ。お前は、俺みたいになるなよ。兄貴として、お前だけは、真っ当で幸せな人生を送って欲しい。 ヘリの機内で手帳にペンを走らせていたティーダは、ふと視線に気付いて顔を上げる。合流して自己紹介を終えたばかりの同僚が、怪訝そうな表情でこちらを見ていた。 名前はなんと言っただろう。確か、ローチとか言ったか。いや、これはコールサインだ。本名はゲイリー・サンダーソンとか言う。それにしてもローチ(鮭)とは間抜けなコールサインだ。 「さっきから熱心に、何を書いてるんだ?」 ティーダが間抜けと評したコールサインとは裏腹に、ローチの声はローター音が響くヘリの機内であってもよく通るものだった。席に座って休んでいた何人かの同僚たちが、一度目を覚ます程度に は。結局彼らはまたすぐ眠りに戻っていくのだが、ローチは気にせず、怪訝な顔を崩さなかった。 パタンッと手帳を閉じて、ティーダは努めて簡潔に答える。日記みたいなものだ、と。質問者はへぇ、と意外そうな表情を浮かべた。 「魔法の世界出身って聞くから、日記ももっとこう、魔法でパパーッと書くのかと思ったぜ。それともアナログ主義なだけか?」 「何でもかんでも魔法にする訳ない。お前らだって、銃弾でお料理したりしないだろ?」 違いない、とローチは笑い、こちらから視線を外した。ホッと安堵のため息をティーダが吐いたことに、気付く様子はない。手帳の内容が知られれば、謀反の疑いありと拘束されるのは目に見えて いたからだ。どんな内容だ、と聞かれる前に彼は手帳を管理局の制服の胸ポケットに戻す。 大西洋上から精鋭部隊"Task Force141"を載せたヘリは、進路を一路、南米のブラジルに向けていた。そこに、マカロフへの切符があると言う情報を頼りに。 世界大戦、なんてものじゃない。文字通り世界と世界がぶつかり合う、次元間戦争はもうカウントダウン目前だ。阻止するのは、どうしてもその"切符"が必要だった。 Call of lyrical Modern Warfare 2 第5話 Take down / 切符 SIDE Task Force141 四日目 1508 ブラジル リオ・デ・ジャネイロ ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 マカロフへの切符。常に神出鬼没、どこに姿を見せるか見当もつかない狂犬の居場所を探るには、彼の『お友達』に尋ねるのが一番だった。 シェパード将軍は言う。ミッドチルダ臨海空港で行われた奴らのテロは、いずれもアメリカ製の銃火器を使用して行われた。そこにアメリカ人の死体を――アレンのことだ――置いて、見事に民間 人大量虐殺の汚名をアメリカ合衆国に被らせた。ミッドチルダは反米感情、と言うよりはもはや反地球感情とも言うべき報復を望む声が半数以上を占めて、今にも戦争が始まりそうだった。昨日ま での同盟と言う繋がりは、今日では導火線と化している。 だが、真相を知るTask Force141は知っていた。マカロフたちの使った銃はアメリカ製でも、使用された弾薬までもはアメリカ製ではなかったのだ。製造国は南米、ブラジル。マカロフはブラジル にいる武器商人を通じて、弾薬を調達していたと言うことになる――その武器商人こそが、マカロフへの切符だ。 「ゴースト、ナンバーが一致した。間違いなくロハスと敵対する一味の奴らだ」 「了解。奴の"右腕"は?」 「姿を見せていない」 出来れば観光で来たかったな、と現地調達した車の中で、助手席に座ったローチは流れ行く町並みを見て思う。片耳に入れたイヤホンでは上官とその部下が、すぐ前を行く監視対象の車について 話し合っていたが、もう追跡を開始して一時間は経過している。もちろんローチはしっかり見張りを続けているが、任務の最中にほんの少しの雑念くらい許されたっていいだろう。運転席に座る同 じTask Force141の黒人兵士など、ダッシュボードの上に腰をフリフリさせるハワイアンな人形を置いているくらいだ。実にセンスがいいと思う。 「おい、止まったようだぞ」 後部座席に座っていた異邦人の言葉を受けて、ハッとローチは意識を切り替えた。ほら、と身を乗り出して指差してくる時空管理局所属の――Task Force141は混成部隊だ、各方面の精鋭が集まっ ている――ティーダ・ランスター1尉の声に導かれるまま、ずっと尾行を続けていた車の様子を見る。なるほど、ずいぶん豪勢な玄関を持ったビルの正面に追い続けていた車が、ついに停車してみ せた。これはいよいよ、出番が来るかもしれない。 今回の作戦の第一段階は、つまるところ『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』だ。マカロフの『お友達』こと武器商人、アレハンドロ・ロハスは言ってしまえば、ギャングたちの頭領のような存在 だ。現地では彼と敵対する一派も多いらしく、ローチたちが尾行していたのもそういった連中だ。彼らはまずロハスの右腕と称される人物に襲撃を仕掛けるつもりらしい。そこにTask Force141が 横から割り込み、ロハスの右腕を確保する。そして『お話』を聞かせてもらい、最終的にロハスの居場所を確認すると言うことだ。マカロフまでの切符を手に入れるのは、いくつも駅を乗り継いで 行く必要がある。 ビルの玄関前で止まった尾行中の車から、二人の男たちが出てくる。私服のラフな格好だったが、その目つきはいかにもチンピラと言った具合だ。ホルスターすら持たず、拳銃をそのまま手に持 って歩いていくのがさらにチンピラと言う印象を強めた。彼らは尾行に気付かぬまま、ビルの玄関に足を踏み入れようとする。 「出てきたぞ、だがお友達ではなさそうだな……」 離れたところで様子を見守る現場指揮官、マクダヴィッシュ大尉の声が通信の電波に乗って耳に飛び込む。二人のチンピラの前に、こちらも私服でラフな格好をした男が姿を現したのだ。すかさず ローチは手元のファイルに視線を下ろし、男の顔と事前に配布された写真を見比べる。特徴一致、間違いなくロハスの右腕だ。尋ねてきたチンピラたちと違って、骨のありそうな奴だった。 チンピラの一人が、何か言った。それに対し、"右腕"の男も何かを言い返す。チンピラたちは――最初からそのつもりだったに違いない――言葉を返さず、代わりに持っていた拳銃の銃口を、男の 眼前に突きつけた。確かに、マクダヴィッシュの言う通り友達ではなさそうだ。 まずいな、情報を得る前に"右腕"が殺されるんじゃないか。ローチの懸念は、しかし杞憂に終わった。チンピラが突き出した拳銃は、素早く男によって奪われる。あっという間に形勢逆転、"右腕" の男は奪った拳銃の引き金を引いてチンピラを射殺し、もう一人にも銃を構えさせずに発砲、これも射殺。鮮やかな手並み、「すげぇ」と運転手の黒人兵士が呟いてしまうほど。 「ゴースト、状況発生だ――ローチ、伏せろ!」 ローチたちにとって予想外だったのは、"右腕"の男が奪った拳銃をそのまま、こちらに向けてきたことだった。マクダヴィッシュの警告が耳に入る頃には銃声が響き渡り、フロントガラスが甲高 い断末魔を上げて割れる。舞い散る鮮血、銃弾をもろに浴びた運転席の黒人兵士は悲鳴もないまま倒れ、ハンドルに力なく寄りかかった。鳴り響くクラクション、不快な警告音はまるでローチにさ えも発せられているようだった。 「馬鹿、伏せろってんだろ!」 後部座席から伸びてきた手によって、強引に彼は狭い車内で頭を下げる羽目になった。ダッシュボードにゴンッと頭を打つ。痛い。だが、死ぬよりマシだ。運転手の私物だったハワイアンな人形は 銃撃によって主人と共に倒れ、それでも腰をフリフリさせていた。シュールな光景、だが現実だった。 銃撃は止んだ。顔を上げれば、ロハスの右腕は身軽な格好を生かして交差点を抜け、街中に飛び出していくのが見えた。直後、耳をつんざくような悲鳴と銃声。拳銃を撃って、市民たちの間にパニ ックを引き起こさせたのだろう。混乱に乗じて逃げるつもりか。 「奴が逃げる! 追え、ローチ、ティーダ! ゴースト、運転手が死んだ! ホテル・リオに向かえ、奴を生け捕りにしろ!」 「了解、向かってます!」 「ほら、ローチ、何やってる。マクダヴィッシュ大尉のご命令だぞ」 「あぁ、分かってる。急かすな」 後部座席からすでに抜け出したティーダに言われるまでもない。蹴飛ばすようにドアを開けて、車から降りたローチは走りながら銃を持ち出し、セーフティを解除する。ACR、Task Force141で多く の隊員が使用しているアサルトライフルだ。ティーダも臨戦態勢に入り、バリアジャケットを起動。私服の上にタクティカル・ベストやサポーターを装備するローチたちと違って、そちらはいかに も魔法使いと言った様子だった。空を飛べるはずだが、今は自分の足で走った方が速い。 表通りに出ると、街は悲鳴と逃げ惑う人々で溢れていた。運悪くブレーキを踏み損ねたらしい一般車が、公衆電話に頭から突っ込んで火を上げてすらいた。どうか爆発しませんように、と銃を構 えたまま走るローチはそのすぐ脇を駆け抜け、混乱の渦の中にあったリオ・デ・ジャネイロの街並みを走っていく。 「奴は路地に逃げ込んだ、すぐ右だ!」 「何で分かる」 「魔法で追跡してんだよ!」 なるほど、便利だな。共に走るティーダからのアドバイスを受けて、彼は道路を右に曲がった。人通りのない小汚い路地裏、視線を素早く走らせる。いた、ロハスの右腕! 一目散に逃げている! その時突然、ロハスの右腕は急停止し、方向転換するような仕草を見せた。まるで障害にでもぶち当たったような――否、彼にとっては本当に障害だ。ソフトモヒカンの屈強そうな男と、顔を"お 化け"のように彩った兵士が路地裏の奥から姿を現し、その行く手を阻んだのだ。マクダヴィッシュ大尉と、その部下ゴーストだ。 「ローチ、足を狙え!」 逃げ場を失った"右腕"の男は、こうなればと持っていた拳銃を出鱈目に発砲。たまらず皆物陰に身を隠すが、それでも上官からの指示が飛ぶ。無茶苦茶な、と胸のうちで悪態を吐き捨てるローチは しかし、隣にいた魔法使いの青年にアイ・コンタクト。援護しろ、と視線で伝えて、ACRを構えて飛び出す。 ロハスの右腕は、飛び出してきたローチに当然、銃口を向けた。その銃口が、乾いた魔力弾の発砲音と共に、上空に跳ね飛ばされる。ティーダの、拳銃のような形をした『魔法の杖』が放った文字 通りの魔法の弾丸によるものだ。武器を失った標的に向けて、ローチはACRのダットサイトを照準。引き金を引き、銃撃。小さな五.五六ミリ弾特有の反動が銃床を当てた肩を揺らし、銃声と共に "右腕"の男はその場に崩れ落ちた。致命傷にならないよう、足のみを撃ち抜いた精密射撃。 「倒した。よし、拷問だ。とにかく拷問にかけろ」 「意外と物騒ですね、大尉」 「これが英国紳士流さ」 足を押さえてくぐもった悲鳴を上げるロハスの右腕を引きずり起こし、マクダヴィッシュとゴーストは妙に楽しそうに会話を繰り広げる。 「なぁ」 「ん?」 「お前んとこの上官って、みんなああなのか」 拳銃型デバイスの銃口を下ろし、何とも言えない微妙な表情をするティーダからの問いかけに、ローチは答えることが出来なかった。 最低限の応急処置を足に施されたロハスの右腕は、マクダヴィッシュたちの手によって近くのガレージにまで連行された。もちろん、撃たれた足を治療するためではない。その証拠に、ゴースト が車から外したバッテリーのコードを持って、バチバチとこれ見よがしに火花を散らしていた。これを治療用の道具と呼ぶには、いささか無理がある。 「ローチ、ティーダ。俺とゴーストは彼と大事な"お話"がある。ロイスとミートと一緒に、貧民街を調査してくれ。ロハスの手掛かりがあるかもしれん」 それだけ告げて、マクダヴィッシュはシャッターの奥に姿を消していった。「あの、ちょっと」とシャッターが下りる直前にローチは呼び止めようとしたが、聞こえなかったらしい。 傍らにいたティーダと顔を見合わせ、言葉を発さないコミュニケーション。お互い、言いたいことは顔に書いてあったのだ。「あれで大丈夫かね」と。結論は出ない。今はマクダヴィッシュの言う "お話"にロハスの居場所が含まれることを祈るばかりだ。 「さぁ行くぞ、貧民街は北だ。この辺りはロハスの勢力下にあるチンピラがウロウロしてる、注意しろ」 コールサイン"ロイス"のTask Force141隊員は、そう言って先頭に立った。小汚い路地裏をコールサイン"ミート"の兵士とローチ、それにティーダを含めたたった四名の精鋭が突き進んでいく。 ロハスの支配下にある貧民街と言っても、住んでいる者は文字通りのチンピラから抵抗力のない民間人までと様々だ。歯向かってくる者は容赦なく射殺してもよいが、民間人まで巻き込むのはよろ しくあるまい。そんなことをすれば、自分たちはマカロフと一緒になってしまう。 「ミート、民間人に逃げるよう言え。スペイン語は出来るな?」 「あいよ」 貧民街の入り口に達した時、早速ロイスがミートに指示を飛ばす。前に出た兵士は、持っていたMP5Kの銃口を天に向け、異国の言葉で辺りにいた民間人たちに警告を発する。 「Estoy en peligro aqui.!Escape!(ここは危険だ、逃げろ!)」 同時に銃の引き金を引いて、空に向けて警告射撃。突然の銃声に驚いた人々は、悲鳴を上げながら我先にへと逃げ出していった。それだけなら任務はやりやすかったはずなのだが、性質が悪いのは 逃げるのを由としないチンピラどもだ。彼らは何よりも、自分たちのテリトリーを侵されることを嫌う。案の定、アロハシャツや短パンのままで銃を手に四方八方から、チンピラたちが飛び出して 来た。ローチたちを血走った目で見つけた彼らは、早速歓迎パーティーを開始する。ただし、クラッカーとケーキのお持て成しはない。銃弾の雨で歓迎だ。 「くそったれ、地球人どもはみんな野蛮人か!」 「お前が言うな」 互いの死角をカバーし合いながら、ローチはACRを、ティーダは拳銃型のデバイスを敵に向けて撃つ、撃つ、撃つ。貧民街に響き渡る銃声。照準の向こうで狙いを定めたチンピラたちが、引き金を 引く度にバタバタと倒れていく。所詮、奴らはまともな訓練も受けていないのだ。とにかく滅茶苦茶に撃って、相手をビビらせる程度しか能がない。怖いのは流れ弾くらいかと思われた。 ――しかし、ここは敵地だった。蜂の巣のど真ん中と言ってもいい。 突然、ティーダが振り返る。同時に、拳銃型デバイスの銃口を振り抜くようにして向ける。敵に向かって。貧民街は奴らの地元だ、目標の背後に回りこむ道なども心得ているのだろう。だけども その目論見は断たれた。乾いた銃声が二発響き、放たれた魔力弾がチンピラを殴り飛ばして大地に沈める。 「なんで気付いたんだ」 「忘れた? 俺、魔法使いだぜ」 尋ねると、発砲は止めずにティーダがどこからともなく、宙に浮かぶ光の玉のようなものをローチに見せ付けるようにして呼び寄せる。センサーのようなものか、と文字通り未知との遭遇を果たし た兵士は光の玉の用途を理解。用事が済んだと分かるなり、魔法使いは行ってこい、と空いていた左手を振って光の玉を貧民街の奥地に飛び込ませた。 「ロイス、状況を報告しろ!」 「出てくるのは地元のギャングどもばかりです、ロハスはいません!」 ちょうどその時、通信が舞い込んできた。マクダヴィッシュ大尉からだ。応答したロイスはMP5Kをフルオートで撃っても撃っても沸いて出てくるチンピラどもを蹴散らすが、彼の言う通り肝心の ロハスはいない。ひょっとしたらもう一緒に撃ち殺してしまったのでは、と一瞬その場にいたTask Force141隊員全員が思うが、奴は曲がりなりにも一味の頂点に立つ男だ。そうそう簡単に、前線 に出てくるとも考えにくかった。 アッと、短い悲鳴が上がる。振り返れば、民間人たちに警告を発したミートが被弾し、力なく地面に横たわっていた。咄嗟に、それを見たローチは駆け出す。背後で彼を止める声があったが、聞く はずもなかった。よせ、と手を伸ばすティーダに、逆に指示を飛ばす。 「援護しろ! ミートを助ける!」 「…馬っ鹿野郎が!」 飛び出してきたローチに、ギャングたちが容赦ない銃撃の雨を浴びせる。足元を銃弾が跳ね飛び、砂埃が舞う。死神が耳元で笑っている。走りながら照準も適当にACRの引き金を引き、敵に銃撃を 返すが、それで静かになるほど生易しいものでもなかった。かろうじて、援護のため魔法使いの放った弾丸が家屋の上に布陣するチンピラを数名薙ぎ倒し、ローチは被弾した味方の元に辿り着く。 首の根っこを片手だけで掴み、手近にあった家屋の中へ引きずっていく。しっかりしろ、とミートの身体を起こそうとするが、無駄だった。彼は、すでに事切れていた。 くそ、と罵りと悔やみの言葉を吐き出し、家屋を裏口から飛び出した。ギャングたちの、思わぬ方向から攻撃する魂胆だった。予想は当たり、敵はティーダやロイス、そして見えなくなった自分に 向けて銃撃を続けており、間抜けに背中や側面を曝け出している。 ACRの銃身に装着していた、M203グレネードランチャーを構えて敵に向けた。吹き飛ばしてやる、と引き金に指をかけたところで、左の路地から早口の英語ともスペイン語とも思しき、慌てた様子の 声が耳に入った。咄嗟に振り向けば、遅れてやってきたギャングの一人だった。対応は、お互いにどちらも一瞬遅れる。ギャングはまさかこんなところに敵がいるとは、と思わず、ローチは出てき たのがギャングが、それとも逃げ遅れた民間人だったのか判断がつかなかったからだ。まずい、と言語は違っても両者に同じ意味の言葉が脳裏を流れる。 結果として、ギャングはローチに打ち負けた。小銃のFALの銃口を構えるより早く、彼の放ったM203のグレネード弾が敵の身体を弾き飛ばしていたのだ。爆発はしない、近距離だったため信管が作動 しなかった。 「くそ」 とは言え、貴重な時間を食われたことだけは変わらない。タクティカル・ベストから取り出したグレネード弾を再装填、今度こそ最初に選んだ敵に向かって構える。 「ローチ、被弾した!」 構えた瞬間、ロイスの声が通信機に飛び込む。なんてこった、また味方がやられたのか。歯を噛み鳴らし、引き金を引く。ポンッと軽い発射音、放たれたグレネード弾は家屋の屋上にいた敵兵たち のど真ん中に飛び込み、炸裂。舞い散る破片と、呼び起こされた爆風の衝撃が否応なしにギャングどもを薙ぎ払う。奇襲だった。背後から撃たれた敵は恐怖し、人数では圧倒的に上回っているにも 関わらず退却へと移る。 敵が退いていく。今のうちだな、とローチは思い、路地を駆け抜け、ティーダたちと合流を果たした。だが、出迎えは決して敵を撃退したことへの賞賛ではなかった。肩から血を流し、壁に背中を 預けて苦しそうに呻くロイスと、懸命に治療に当たる――治癒魔法は苦手だ、と止血剤とモルヒネを用いていた――ティーダは、賞賛どころではなかったのだ。 「俺はいい、自分でやる。行ってくれ」 ロイスは、治療を続けようとする治癒魔法の使えない魔法使いの手を押し退ける。自分の持っていた手榴弾やフラッシュバンを持って行け、と渡しさえした。しかし、彼をここに放置すれば、また ギャングどもが戻ってきた時、果たしてどうなるか。いかに精鋭部隊の一員と言えど、負傷の身で、かつたった一人で置いて行かれれば。それでもロイスは行け、と言う。撃つぞ、とMP5Kの銃口を 仲間たちに向けようともした。 「行こう」 ローチは、頑なに指示に従わないティーダの肩を掴んだ。くそ、と吐き捨て、渋々魔法使いは立ち上がる。それでいい、と言ったロイスの顔を、二人は忘れることができなかった。 たった二人になってしまった追跡部隊は、貧民街を駆け進んでいく。その背後で、一発の銃声が響き渡っても、振り返ることなく。 SIDE Task Force141 四日目 1606 ブラジル リオ・デ・ジャネイロ ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉 ロハスの右腕は、なかなかに見上げた忠誠心だった。何度"お話"しようとこちらが提案しても、彼はあくまでも拒んでみせた。耐え難い苦痛を何重にもして浴びせかけているのに、主人の居場所 を喋ろうとしなかった。副官のゴーストでさえ、露骨に苛立ちを見せるほどだった。 それでも、結局のところ人間は苦痛には逆らえない。とうとう、奴はボスの居所を口にした。だからもうやめてくれ、と何度目かの"バッテリー接続"を拒むようにして。約束通り、ソープとゴース トは彼を解放してやった。解放と言う名の、放置である。椅子に縛り付けたままだが、警察には電話を入れておいた。あとは無事、発見されることを祈るばかりである。 ――それにしても、空からの援護があればもっと楽なんだがな。 部下と同じ、ACRを構えて貧民街を別ルートから突き進むソープは、軽機関銃の激しい銃撃に晒されながら、どこか他人事のように空を見上げる。青空と、ブラジル名物のキリスト像。だが彼が見出 していたのは観光名所ではなく、そこにはいない戦友のことだった。ほんの数年前、共に戦火を潜り抜けたあの魔導師の少年がいれば、心強かったに違いない。そう思いかけて、いや、やはりダメ だろうと考え直す。魔導師なら部隊に新しく加わっている。彼もかつての戦友と同様、空を飛ぶことが出来る。だが、この弾幕だ。地上でさえ、少し遮蔽物から身を乗り出すと、途端に銃弾の雨が 降り注ぐ。こんな状況で空に上がろうものなら、いい的になってしまう。 「ゴースト、お前はそのままロハスを追え。こっちも何とかして追いつく」 「大尉はどうするんで?」 「何とかするさ」 援護を提案してきた副官に対し、かつての新米SAS隊員は、数年前では浮かべることもなかった不敵な言葉を通信で送る。タクティカル・ベストからフラッシュ・バンを持ち出し、ピンを引き抜 き、身を潜める壁から腕だけ出して放り投げた。 爆発音。隠れていても分かるほどの閃光と、それに伴う轟音が鳴り止むのと同時に、ソープは飛び出した。視界に入ったのは、目や耳を抑えて苦しむ敵兵たち。右に一名、左の屋根に二名、中央の 屋根に一名――数えながら、銃を持った腕は動いていた。ダットサイトで、敵を照準。引き金を引けば、短く軽い反動と共に銃声が高鳴り、チンピラどもが薙ぎ払われていく。右の一名を排除、左 の敵も射殺、中央の一名、短い銃撃、これも倒す。立ちはだかるギャングを一掃し、先に進む。 「マクダヴィッシュ大尉、ティーダが上からロハスを探すって言ってます!」 銃口を前に突き出しながらも急ぎ足で駆け、その途中でローチからの通信。同行する魔導師、ティーダが飛び上がろうと言うのだ。 「ダメだ、上空に出たら的になる」 「覚悟の上です、大尉。最悪、囮にはなる。地面で這い蹲って死ぬのは御免です」 「死ななきゃいいんだ。頭を冷やせティーダ、通信アウト!」 ティーダとの交信を、一方的に切った。命令を聞くだろうか。いや、聞くはずだ。言うことを聞かないほどの子供でもない。 ロハスの右腕によれば、ボスの居場所は貧民街の西に向かっているという。Task Force141は、これを三つに分けて追跡していた。ローチとティーダのチーム、ゴースト、そして自分だ。貧民街は小 高い丘の上に沿って立ち並んでいるため、標的を追い詰めるとすれば上へ上へと追い込んでいくのがもっとも手っ取り早く効果的だ。そして、作戦は現に目論見通りになりつつあった。 「こちらゴースト! 大尉、奴は屋根の上を進行中です、すぐ近くです! ローチ、ティーダ、追い込め! 俺も行く!」 屋根の上、か。ソープは、部下の言葉を聞いて一旦立ち止まった。周囲に視線を走らせ――運がいい、梯子がある。ACRを肩に引っ掛けて、上に昇る。筋肉が軋み、悲鳴を上げるのにも構わず、彼 は家屋の屋上に上がった。この辺りではそこそこに大きな、周辺の家屋の屋根を全てを一望できる程度には高い位置だった。目を凝らすまでもなく、下に向けて銃を撃ち下ろし、時折反撃を喰らっ ては倒れていくギャングたちが見えた。その最中で、必死に逃げの様子を見せる明らかに怪しい人影が一つ。奴だ、ロハスだ。重たそうな黒いバックを抱えているが、あれではスピードは出まい。 ようし、先回りだ――進行ルートを読んだソープは、屋上から一段低い隣の家屋の屋根に飛び移る。跳んで走って、屋根を乗り越え、大地に戻ると駆け出し、また屋根に昇る。二階建ての家屋に入 った時は体当たりで扉を突き破ってベランダに出て、そこからさらに隣の一軒家の屋根へと飛び移って進む。 途中、屋根の上から一瞬ではあったが、ローチとティーダ、その反対方向からゴーストの姿が見えた。ロハスは、彼らに挟み撃ちにされることを知らず、逃げ続けている。このまま確保出来るか。 だが、寸前で奴は気付いた。正面から迫るゴーストと、背後から来る兵士と魔導師のチームの挟撃は、横に逃げることで回避されようとしていた。 「逃げられる!」 ゴーストの声。その声が通信機に飛び込んだ時、ソープは一瞬、口元に笑みを浮かべた。不敵な笑みだった。 「そうはさせんさ」 ガッと、扉をぶち破る。三階建ての家屋の最上階に侵入した彼は、そこで出会った。目標、ロハスと。奴は、驚き竦むような表情を見せていた。そのわずかな間の恐怖が、彼の動きを止め、隙を生 み出してしまう。一切の躊躇なく、ソープは標的の身体に飛びつくと、そのまま窓ガラスをぶち破って大地へ急降下。 幸いにも、下には車があった。屋根が思いのほかクッションになり――そう呼ぶほど柔らかいものでもないが、少なくとも死なない程度には落下の衝撃を抑えた――ロハスの確保に成功。ひぃ、と 怯える標的に向けて、拳銃、かつての上官から受け継いだM1911A1を引き抜き、銃口を突きつけた。ホールドアップ、これでもう逃げられない。 遅れてやってきたローチとティーダが、ぽかんと間抜けに口を開いてこちらを見ていた。ソープは二人の視線に気付き、言う。 「これぞ英国流さ。皆、ご苦労だった。さぁ、マカロフについて知ってることを喋ってもらおう」 戻る 次へ